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2016年 8月16日~18日、「改革長老教会協議会青年修養会」主題講演 2

   
井ノ川勝牧師
  

8月16日~18日、「改革長老教会協議会青年修養会」

主題講演 2

2016.8.17. 「キリスト者であること、日本人であること

~キリストの心を心とせよ~」

           ペトロ一4:12~19

 

1.①私は神学校卒業後、三重県伊勢市にある山田教会に伝道師として遣わされました。伊勢神宮外宮の前にある教会で30年間、ひたすら御言葉を語り続けて来ました。私と山田教会との出会いは、私が東京神学大学の学部4年生の時、『東京神学大学学報』に、山田教会の冨山光一牧師の「若き後輩諸君へ」という文章に触れた時です。一読して感銘を受けました。まさか神学校、卒業後、山田教会の伝道師として遣わされるとは思ってもみなかったことでした。私の伝道者の原点、日本伝道の原点となる文章です。

 伊勢神宮は天皇家と結びつく特別な神社とされ、太平洋戦争中は国家神道の総本山であり、戦後も日本人の魂の故郷として位置づけられています。天皇制を支える神社としての役割を担っています。伊勢伝道の進展が日本伝道の進展になると信じて、30年間ひたすら御言葉を語り続けて来ましたが、伊勢伝道を一歩進めることは出来ませんでした。

 山田教会に遣わされて間もなく、中部教区総会が行われます。教区総会前に新任伝道者は常置員会で面接を受けます。そして教区総会で准允を受け、御言葉を語る説教者として立てられます。その面接の時に、北陸学院の前院長であり、昨年5月末に逝去された井上良彦牧師から、このような問いかけを受けました。「あなたは伊勢神宮の町に生きる人々に福音を語る伝道者として召された。あなたにとって伊勢神宮の町で福音を語ることはどのような意味を持つのですか」。その時、私がどのように答えたかは覚えていません。恐らく井上牧師が期待するような答え方は出来なかったと思います。私の伊勢伝道30年で、いつも心の真中にあったのは、井上牧師のこの問いかけでした。

 

②ペテロの手紙一の一つの明確な主題は、異邦人がキリスト者となって生きることとはどういうことかです。私どもに当てはめて語り直せば、私ども日本人がキリスト者となって、日本の国を生きるとはどのような意味を持つのかです。キリストへの信仰に生きることと、日本の国を愛することとは相容れないことなのでしょうか。それとも両立することなのでしょうか。

 先程紹介した井上良彦牧師は昨年5月に逝去され、葬儀が行われました。葬儀の席で、令息の井上良作牧師が「井上良彦の信仰と神学」を語りました。井上良彦牧師にとって、キリストへの信仰に生きることと、国を愛することは一つのことでした。正確に言えば、キリスト者になることによって、私どもは真実の愛国心に生きることが出来るようになる。そういう信仰に立っていました。

 私が伊勢の山田教会に遣わされた時、富士見町教会の島村亀鶴牧師からお手紙をいただきました。伝道者の心構えとして三つのことが書いてありました。「教会を愛し、土地を愛し、妻を愛せよ」。井上牧師はこれに、「国を愛せ」を加えるべきだと言われました。

 

2.①主イエスの弟子であった伝道者ペトロは、ローマ帝国の厳しい迫害の中にあるキリスト者に向かって、このように語りかけます。

「しかし、キリスト者として苦しみを受けるのなら、決して恥じてはなりません。むしろ、キリスト者の名で呼ばれることで、神をあがめなさい」(4:16)。

 ここに「キリスト者」という言葉が二度用いられています。皆さんは意外に思われるかもしれませんが、「キリスト者」という言葉は新約聖書の中で、この箇所と、後は二箇所しかありません。いずれも使徒言行録です。11章26節と26章28節です。11章26節で、何故「キリスト者」と呼ばれるようになったのか、その理由が記されています。「このアンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったのである」。「キリスト者」という呼び名は、キリストの教会に生きる者たちが自分たちに付けた呼び名ではありません。アンティオキアの町の人々が、キリストを主とあがめる者たちを揶揄するために付けられたあだ名でした。「あいつらはキリストの輩だ。キリストに属する者たちだ。あいつらは十字架でみすぼらしい死に方をしたイエスを救い主と仰いでいる」。日本でもキリストへの信仰に生きる者たちを、軽蔑を込めて「耶蘇」と呼びました。それに通じるところがあります。

 私がかつて伝道した伊勢神宮の町は、明治の初めに、血書誓約が交わされた町でした。この町には伊勢神宮の神さまが祀られているのだから、「宮川から邪宗門の徒を一歩も入れじ」「宮川から耶蘇を一人たりとも入れてはならず」。真宗王国金沢の地でも、キリスト者に対して揶揄する言葉が節を付けて歌われましたと聞いたことがあります。「耶蘇教徒の弱虫は、磔拝んで、涙を流す」。キリスト信仰の急所を突きつつ、揶揄した歌ですね。よくこのような急所を突いた歌を作ったなと、感心します。

 

②しばしば私どものことを、「あなたはクリスチャンですね」と呼ばれることがあります。英語で「クリスチャン」と呼ぶ時に、いろいろな意味が込められています。私ども日本人とは異質な存在だとか、外国の宗教を信じているとか、「よそ者」と言ったような意味が込められたりします。

 しかし、キリストを主とあがめる者たちは、この揶揄されたあだ名を自分たちの存在と信仰を最も的確に言い表す呼び名として受け入れました。キリスト者と呼ばれることを恥とせず、むしろ誇りとしました。「そうだ、この呼び名こそ、私どもを最もよく言い表している」。それまで「キリストの弟子」「キリストの道に従う者」と呼んでいた呼び名を、自ら「キリスト者」「キリストの者」と呼ぶようになりました。「キリスト者」「キリストの者」。この日本語の呼び名はなかなか良いと思います。日本語で私どもを言い表す良い呼び名があるのに、わざわざ自ら英語で「私はクリスチャン」と言わなくてもよいと、私は思っています。「私はキリスト者、キリストの者」と日本語で自らを言い表す。そこには、私どもが日本人であることと、私どもがキリスト者であることとが一つであることを言い表しているのです。

 

3.①鎌倉雪ノ下教会の牧師をされ、今は87歳になられましたが、生涯一伝道者として歩まれている加藤常昭先生が、『自伝的説教論』を書いています。説教者としての自伝と言ってよいかもしれません。その自伝は、既に太平洋戦争に突入する最中、東京帝国大学教授職を追われ、無教会の一伝道者であった矢内原忠雄先生を代々木教会の伝道礼拝に招き、その説教に耳を傾けた場面から始まっています。国家から憎まれていた矢内原忠雄先生を説教者に招くのは勇気のいることでありましたが、教会堂に入りきれない350名を超す来会者があった。加藤先生は13歳の中学生でありました。太平洋戦争の最中、13歳の中学生の時、洗礼を受けられた。この時の矢内原忠雄先生の説教題は「私の人生観」でした。このような説教でした。

「私には明白なふたつの自覚がある。ひとつは罪人の自覚。キリストの十字架のもとに立たなければ生きていかれない。この自覚が謙遜、柔和な生き方を強いる。私が十分謙遜でもなく柔和でもないのは、この自覚が不徹底であるからであり、それがまた私が罪人であることの証拠となる。だがそれにもかかわらず、もうひとつの自覚がある。それは自分が日本国の柱であり、私を倒す者は日本国を倒すことになるという自覚がある。自分で払いのけようとしても沸き立つ自覚である。これは日蓮の自覚に似ている。このような罪人の首であるとの自覚と、日本第一の大人である自覚とは一見相反すると思われるが、これを結ぶのがキリストである。キリストに結ばれるとき自分の罪を知り、しかもキリストによって罪を赦されるとき、日本第一の大人であると自覚する。私の人生はこの自覚に立っている。この自覚を私に教えてくれた人は、私の善き師であった。諸君の若き日を空しく過ごすことなく、善き師に就きて永遠の真理を学ばれよ。之は諸君の人生を意義ある生涯たらしむる為めに、最も必要な事である」。

 矢内原忠雄のこの説教の中に、日本人であることとキリスト者であることが、キリストにあって一つに結ばれていることを示しています。

 矢内原忠雄は戦時中に行なった別の説教の中で、洗礼を受け、キリスト者となることは、真実の愛国心に立つことだと語っています。

「真の愛国心は『我国正し』との感情ではない。国民の罪の悔い改めを促して国家を神の正義と道徳の上に立つるものが真の愛国心である。虚偽と罪悪の上に建てられたる国家は、軍事財力いかに充実するとも遂に亡国を免れないのである」。

 

②私は6年前、「信徒の友」という月刊誌で一年間、「生ける望みに生かされて」という主題でペトロの手紙一の御言葉を説き明かした連載をしました。私は一つの視点から説き明かしました。その頃、私はまだ伊勢の山田教会で伝道・牧会していました。ローマ帝国の迫害の中にあるキリスト者、教会と、伊勢神宮の前でキリスト者として生きる山田教会、山田教会が歩んで来たその歴史、特に太平洋戦争中の歩みと重ね合わせながら語りました。

 ペトロの手紙一は、伝道者ペトロがローマ帝国の迫害の下にある異邦人キリスト者に宛てた手紙です。異邦人が洗礼を受け、キリスト者になることで、ローマ帝国から迫害を受け、苦しみを負わなければなりませんでした。それは日本人がキリスト者になって生きることと通じるところがあります。太平洋戦争中、伊勢神宮は国家神道とされ、伊勢は神都とされました。そのような中で伊勢神宮の前にある教会に集い、キリスト者として礼拝を捧げることは、宇治山田の市民から眼光鋭い敵意の目を注がれることであり、命懸けの厳しい戦いを強いられることでした。敵国の宗教を拝む非国民と見なされました。しかも壮年、青年は戦地に応召され、残ったのは女性と老人です。肩を寄せ合うようにして、一度も主日礼拝を中止することなく、神を礼拝し続けました。

 山田教会には教会附属幼稚園があります。幼稚園を創立したのはカンバーランド長老教会の女性教育宣教師ジェッシー・ライカーでした。ライカー先生は伊勢神宮の町にキリストの福音を伝えるためには、幼児教育を通して各家庭に「天にいらっしゃる父なる神よ」との祈りが広がることが大事であると信じ、1913年(大正2年)常盤幼稚園を創立しました。ところが、太平洋戦争が勃発しますと、ライカー先生は敵国人として宇治山田警察署に拘禁され、1942年(昭和17年)、36年間過ごした第二の故郷からアメリカに強制送還させられました。教会員も幼稚園教諭も園児も見送ることは叶いませんでした。園児との想い出の写真も作品も持ち出すことは許されませんでした。宇治山田の町に自分の骨を埋める覚悟をされ、墓地まで購入されていました。

祖国に帰らない覚悟であったのです。自分の財産、すべてを山田教会と常盤幼稚園に献げ尽くされました。戦後、来日されることはありませんでした。晩年は故郷の老人ホームで静かに過ごされました。ただ一通の手紙が幼稚園に送られて来ました。ライカー先生の遺書となりました。

「あの戦争中も幼稚園が続けられ、幼い子どもたちのために奉仕が捧げられたと知らされ、どんなにか嬉しかったことでしょう。わたしの常盤幼稚園!わたしの子どもたち!幼稚園の子どもたちはすばらしい存在です。けれども、この幼児たちに神さまのことを教えることこそ、最上の道であると確信いたします。幼児たちは、今は単純な真理しか覚えませんが、きっと大きくなった時に、今覚えていることが基となって、いろいろな進んだ真理を理解することができるようになります。わたしは山田教会と常盤幼稚園が、キリスト・イエスを信じる信仰によって、益々発展されることを祈ってやみません」。

 

4.①ペトロの手紙一は手紙の冒頭で、異邦人が洗礼を受け、キリスト者になることを、「仮住まいをする者」「寄留者」と語っています。加藤常昭先生が1943年(昭和18年)のクリスマス、太平洋戦争の最中、13歳の中学生で洗礼を受けた時、このように思ったそうです。「洗礼を受け、キリスト者になることは、天に国籍を与えられること。そうであるとすれば、僕は少なくとも半分、日本人ではなくなったと思ったのである。それだけ、日本人の間に生きるとき、少々異質な存在、仮住まいをする者になることは避けられなかった。ある日、うっかり、教会の中学生会の名簿を机の中に置き忘れて帰宅し、翌日来校すると、それが引きちぎられて机上にあった」。

 日本人である私どもが洗礼を受けキリスト者となり、天に国籍を持ち、地上では仮住まいの者として生きる。それは別の言葉で言えば、こうなると言えます。洗礼を受けることにより、私どもは「日本人である」ことから「日本人となる」。日本の国の外に立ち、神のまなざしの下で日本を見る。その時、日本の国の真実な姿が見えて来る。罪が見えて来る。そして日本を愛するが故に、日本の国に悔い改めを求める。神が日本の国をも愛し、日本をも救おうとして神の御子キリストを送って下さった。そして神の御子キリストは日本人のためにも、十字架でいのちを献げて下さった。それ故、日本の国が真実にキリストの福音によって健やかな国となるために、悔い改めを迫り、執り成し祈る。その使命に生きる者こそ、天に国籍を持ちつつ、地上では仮住まいの者として生きる日本人キリスト者ではないか。

 私は伝道者として伊勢神宮のある町で30年、そして今、真宗王国北陸金沢の町で3年、御言葉を語り続けています。山田教会でも、金沢教会でも、教会員に向かってよく語ることがあります。私どもは主日、自分たちのためだけに礼拝を捧げているのではない。伊勢市民、金沢市民を代表し、伊勢市民、金沢市民に代わって、伊勢市民、金沢市民のために執り成し祈るのであると。教会は執り成しの祈りに生きる共同体なのです。

 

②異教社会の中でキリストを主とあがめ、キリストに従って生きる時、様々な苦しみに直面します。洗礼を受け、キリスト者になることで、受けなければならない苦しみがあります。迫害があります。私どもは何故、このような苦しみを受けなければならないのかと、疑いたくなるような苦しみがあります。

 しかし、すべてのキリスト者に向かって、伝道者ペトロは語ります。

「愛する人たち、あなたがたを試みるために身にふりかかる火のような試練を、何か思いがけないことが生じたかのように、驚き怪しんではなりません。それは、キリストの栄光が現れるときにも、喜びが満ち溢れるためです」。「あなたがたはキリストの名のために非難されるなら、幸いです。栄光の霊、すなわち神の霊が、あなたがたの上にとどまってくださるからです」。「しかし、キリスト者として苦しみを受けるのなら、決して恥じてはなりません。むしろ、キリスト者の名で呼ばれることで、神をあがめなさい」。「だから、神の御心によって苦しみを受ける人は、善い行いをし続け、真実であられる創造主に自分の魂をゆだねなさい」。

 

5.①NHKのEテレで、「100分で名著」という番組があります。今年の1月、内村鑑三の『代表的日本人』が採り上げられました。キリスト者である内村鑑三が海外の人々に最初は英語で、代表的日本人として紹介した5名は、西郷隆盛、米沢藩藩主・上杉鷹山(ようざん)、農政改革者・二宮尊徳、儒学者・中江藤樹、法華経を説いた日蓮です。いずれもキリスト者ではありません。面白いですね。何故、内村がこの5名を採り上げたのでしょうか。共通性があるからです。それは何かと言えば、天からの声に耳を澄まし、天からの声に動かされ、天からの使命に生きた。天からの声は「静かな細き声」であった。「静かなる細き声」とは、預言者エリヤに語りかけた主なる神の声です。

 内村は代表的日本人を通して、私どもに語りかけるのです。あなたがたも主語が天になるような生き方をしてみたらどうだろうか。自分の力で何かをするのではなく、もっと大きなものの一部になる、大きなものの働きに参与する生き方です。天を知ることにより、自分自身を知るようになる。その時、神が私どもに託した私どもの使命が見えて来る。神の声に動かされて、神の使命に生きるようになる。

 

②『代表的日本人』と姉妹本に、『後世への最大遺物』があります。これはこれから世に出ようとする若者に向かって、1894年7月、内村が語った講演です。その中でこのように語っています。

「今時の弊害は何であるかといいますれば、なるほど金がない、われわれの国に事業が少ない、良い本がない、それは確かです。しかしながら日本人がお互いに今要求するものが何であるか。本が足りないのでしょうか、金がないのでしょうか、あるいは事業が不足なのでありましょうか。それらのことの不足はもとよりないことはない。けれども、私が考えてみると、今日第一の欠乏は、Life 生命の欠乏であります」。

 今日の時代に通じる言葉です。内村が日本人が最も欠乏していると語るLife は、単に心臓が動いている生命ではありません。神、人との関係が生きているという意味です。特に、三つの関係が生きていることです。自分と他者との関係、自分と歴史との関係、すなわち、自分と過去の人々との関係、そして、自分と神との関係です。若いからと言って、自分のやりたいことをやるのが人生の目的ではない。私が共に生きている他者、私が生きている歴史、そして私を生かしている神が、私に何を求めているかを聴くことに人生がある。内村はこう語っています。

「われわれは神がわれわれに知らしめたことをそのまま実行いたさなければなりません。こういたさねばならぬと思うたことはわれわれはことごとく実行しなければならない。もしわれわれが正義はついに勝つものにして不義はついに負けるもんであるということを世間に発表するものであるならば、そのとおりにわれわれは実行しなければならない。これを称して真面目なる信徒と申すのです。われわれに後世に遺すものは何もなくとも、われわれに後世の人にこれぞというて覚えられるべきものはなにもなくとも、アイ人はこの世の中に活きているあいだは真面目なる生涯を送った人であるといわれるだけのことを、後世の人に遺したいと思います」。

 内村が大切にした生き方は「真面目る生涯」「真摯な生涯」です。それが「高尚なる勇ましい生涯」です。後世に遺すべき生き方です。真面目ということは誰に対して真面目であるかと言えば、何よりも神に対して真面目であることです。神に対してまっすぐであることです。箴言2章6節にこういう御言葉があります。

「常に主を覚えてあなたの道を歩け、そうそれば、主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる」。

 最後に内村は語ります。

「もし私どもの一生涯の事業に何か意義があったといたしますならば、それは準備的の事業であったと言うのであります。すなわち時勢に応じるためのものではなく、直ちに現代を賛(たす)くるためのものではなくして、将来の発展を助くるための基礎的工事に貢献するためのものであったと言うのであります」。

 私ものが生きることは、いずれ来たる者のための準備だから、途中で終わることは避けがたい。しかし、準備だからこそ、私どもは神の言葉に聴きつつ、キリストの心を心とし、神から与えられた使命に誠実に尽くさなければならないのです。

 神から与えられた皆さん一人一人のいのちを、どうか大切にし、神の御心を尋ね求めながら、神に捧げて生きる人生の歩みを送られますように、お祈りいたします。