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2017年  11月 20~23日  説教シンポジウム発題

   
井ノ川勝牧師
  

加藤常昭牧師の十字架の説教の考察

北陸説教塾 井ノ川 勝

 

1.考察の出発点

①説教シンポジウムの準備会において北陸説教塾に与えられた主題は、「日本の説教」です。とても大きな主題です。どこに視点を絞るのかが求められます。準備会で平野克己牧師より、このような提案を受けました。「日本の説教史の流れがくっきりと浮かび上がるような発題をしてほしい」。日本説教史の奔流には明らかに、植村正久、高倉徳太郎、竹森満佐一、加藤常昭の説教において受け継がれて来た説教の神学の流れがあります。そしてこの日本説教史の奔流は、説教塾が受け継がなければならない流れです。この4名の牧師の十字架の説教を、日本伝道というパースペクティヴから考察することを考えました。しかし、余りにも大きな主題なので、それを考察するには時間を要することでした。今回はこの主題の第一歩として、加藤常昭教師の十字架の説教、特に、十字架上の主イエスの叫び「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マルコによる福音書15章34節)を説き明かされた説教が4篇印刷物としてありますので、それを考察することを考えました。

 何故、十字架上の主イエスの叫びを説き明かした説教を採り上げるかと言えば、それには理由があります。今年の4月17日の東京説教塾の例会において「十字架の神学を極める」という主題の下、2016年11月20日、日本基督教団逗子教会で行われた加藤常昭教師の「私たちを救う主の叫びを聴こう」(エレミヤ書20章14~18節、マルコによる福音書15章33~39節)の説教分析を、三浦陽子牧師(日本同盟基督教団安中聖書教会)が行ないました。しかし、例会に出席された塾生のこの説教に対する反応は、余り良い反応ではありませんでした。加藤教師はそのことに深く心痛められました。塾生なら理解してもらえると思った説教が理解してもらえなかったことに、衝撃を受けられました。5月の例会で再び、この説教が採り上げられ、好意的な反応を示された安井聖牧師(日本ホーリネス教団西落合キリスト教会)が説教分析をされました。7月3日~6日、名古屋説教者トレーニングセミナーが南山学園研修センターで行われました。そのセミナーの中で、加藤教師が東京説教塾例会でのことに触れ、このように語られました。「説教塾が受け継がなければならないものは、説教黙想、説教分析等、様々あるが、私が大切にして来た説教の神学、十字架の神学をきちんと継承してほしい」。この加藤教師の言葉が、今回の発題のきっかけになっています。

 加藤教師が自らの説教を通して、存在を懸けて語って来られた「十字架の神学」とは何か。それを明確にすることが、説教塾が受け継ぐべき説教の神学を明確にすることに繋がりますし、同時に、今回の説教シンポジウムの主題である「日本の伝道を切り拓く説教」とは何かを明確にすることにも繋がると言えます。

 

②加藤常昭教師が十字架上の主イエスの叫び「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マルコによる福音書15章34節)を説き明かされた説教が、4篇印刷物として残されています。歴史的な順序で言えば、以下のようになります。

 

 1.「十字架の祈り」(マルコ15・16~41)日本基督教団鎌倉雪ノ下教会1970年8月23日(『主イエスの背を見つめて』ヨルダン社、1971年、『加藤常昭説教全集26 主イエスの背を見つめて』教文館、2006年)。42歳。(加藤説教1)

 2.「死の中の死」(マルコ15・33~41、詩編22・1~6、23~32)日本基督教団鎌倉雪ノ下教会1990年7月15日(『加藤常昭説教全集7 マルコによる福音書3』教文館、2004年)61歳。(加藤説教2)。

 3.「深みに立つ神の子に生かされて」(マルコ15・33~41)日本キリスト豊中中央教会1992年5月24日(『キリストに捕えられてー現代に呼びかけるカール・バルトの神学―』五十嵐喜和編、教文館、2000年)63歳。(加藤説教3)。

 4.「私たちを救う主の叫びを聴こう」(マルコ15・33~39、エレミヤ20・14~18)日本基督教団逗子教会2016年11月20日)87歳。(加藤説教4)。

 

 これら4編の説教を考察する上で、以下の文献も、われわれの考察には欠かせません。

 

 1.『雪ノ下カテキズムー鎌倉雪ノ下教会教理・信仰問答―』第4章第2節「十字架の死」(教文館、1990年、改訂新版 2010年)

 2.『加藤常昭説教全集9 マタイによる福音書4』「十字架の王者」(マタイ27・45~56、イザヤ53・1~12)(ヨルダン社、1991年)

 3.『加藤常昭信仰講話2 主イエスの生涯下』第47章「十字架上の叫び」(マタイ27・46)(教文館、1999年)

 4.『魂への配慮の歴史5 宗教改革期の牧会者たちⅠ』第5章「ジャン・カルヴァン」ハンス・ショル(クリスティアン・メラー編、加藤常昭訳、教文館、2001年)

 5.『黙想 十字架上の七つの言葉』「Ⅳわが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マタイ27・46)(教文館、2006年)

 

③加藤教師が東京神学大学の学生であった時、平賀徳造教師から「説教学」の講義を受けました。講義の中で、平賀徳造教師はこう言われました。「いわゆるゴールデンテキストと呼ばれる十字架上の主イエスの叫びは、よほどの覚悟がないと説教できない。高倉徳太郎の説教『荘厳なる神秘』のような説教ができなければ、やたらに説教するものではない」(加藤常昭著『自伝的説教論』155頁、キリスト新聞社、2003年)。何故、十字架上の主イエスの叫び「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」は、よほどの覚悟がないと説教できないのでしょうか。極めて神学的な洞察が求められ、説教者の存在が問われる御言葉であるからです。私自身もこれまで何度も、この御言葉を説き明かして来ましたが、その都度、十字架の深みを十分に語り得ていない自らの説教の貧しさを痛感させられました。

 しかし、今日、日本で伝道する私ども伝道者が、この十字架上の主イエスの叫びを説教することを避けて通ることはできません。今回の説教シンポジウムの主題は、「日本の伝道を切り拓く説教」です。その大切な切り口が、十字架上の主イエスの叫びを、われわれ伝道者がいかに説き明かすかで問われています。現代日本において、十字架上の主イエスの叫びがどのような響きを立てて、日本人の魂に響き渡るのかが問われています。

 さて、加藤教師の4編の十字架上の主イエスの叫びを説き明かした説教を分析する上で、どのようなパースペクティヴから分析するのかが重要です。二つの重要なパースペクティヴがあります。第一は、十字架上の主イエスの叫び「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」を説き明かす十字架の神学とは何か。第二は、主イエスの十字架上の叫びが、聴き手にどのような魂への配慮ある言葉として響くのかです。

 加藤教師の最初の説教学である『説教―牧師と信徒のためにー』(日本基督教団出版局、1964年)において、加藤教師の一貫した説教理解が既に明示されています。「説教はパラクレーシス、慰めの言葉である」(同上57~60頁)。「キリストのわざが正しく語られると共に、倫理を力強く勧める言葉でもあります」(同上60頁)。「キリストの救いのみわざを真実の慰めとして説くものである以上、それが生活にかかわりのある言葉、その慰めのもとに生きる現実の姿を語る言葉、その意味で倫理化された言葉となるのは当然だと思うのです。日本の教会の説教のひとつの重要な問題点が、ここにひそんでいるような気がしてなりません」(同上62頁)。

 

2.加藤説教1~4のパースペクティヴ

①加藤説教は同じ御言葉を説き明かしながらも、同じ内容の説教はありません。御言葉を説き明かすパースペクティヴが異なるからです。勿論、一つの説教の中に様々なパースペクティヴが交錯していますが、4篇の説教のそれぞれのドミナント・パースペクティヴは以下の通りです。

1.「加藤説教1」は、加藤教師が日本基督教団鎌倉雪ノ下教会に赴任された初期の説教です。ゆるやかな教理的説教として主題別に説き明かされた一篇です。「十字架の祈り」という説教題にあるように、「祈り」のパースペクティヴで説き明かされています。

2.「加藤説教2」は、鎌倉雪ノ下教会でのマルコによる福音書講解説教として説き明かされました。「礼拝」のパースペクティヴで説き明かされています。

3.「加藤説教3」は、日本キリスト教会豊中中央教会での伝道礼拝の説教です。「信仰告白」「呼びかけ」のパースペクティヴで説き明かされています。

4.「加藤説教4」は、日本基督教団逗子教会での伝道礼拝の説教です。主イエスの十字架の叫びとエレミヤの叫びを結び付けながら、「絶望」と「信頼」のパースペクティヴで説き明かされています。

 

 加藤説教1~4を読む時間がありませんので、それぞれの説教の要約をし、その特色を捉えることをいたします。

 

(1)加藤説教1「十字架の祈り」

①1頁10行目~2頁56行目

この説教は他の説教に比べテキストの範囲が長く、クレネ人シモンが無理矢理主イエスの十字架を背負わされた出来事を含んでいます。説教の始まりもクレネ人シモンの黙想から始まっています。主イエスの十字架の出来事と、主イエスが弟子たちに語られた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」(マルコ8:34、口語訳)とが密接に結びつけられて語られています。既に紹介した『説教―牧師と信徒のためにー』で語られていたように、「説教はパラクレーシス、慰めの言葉」であり、「キリストのわざが正しく語られると共に、倫理を力強く勧める言葉」であることが、この説教の神学的骨子となっています。クレネ人シモンが自分の十字架を負うて、主イエス・キリストに従った証人として語られています。

②2頁58行目~3頁106行目

私どもの教会は十字架の教会。十字架への愛着は信仰の要。しかし、十字架を大切にする中で、罪を犯し得ることに常に敏感である必要がある。イエス・キリストの十字架は、教会内において絶えず誤解にさらされてきた。その誤解の中心に立つのが、「エロイ、エロイ、ラマ、サバクタニ」、「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」というイエスの祈り。ここで説教者は十字架上のイエスの叫びを、「イエスの祈り」と語る。

③3頁107行目~5頁170行目

 十字架の下に立つ人々、「そこを通りかかった者たち」、「祭司長たち」及び「律法学者たち」、「一緒に十字架につけられた者たち」に共通することは、イエスを嘲りののしったこと。イエスを見捨てて逃げ去ったペテロも、口で嘲笑せずとも心の中では嘲りつつ逃げたかもしれない。しかし、それは私ども自身の姿でもある。「われわれは礼拝もし、献金もし、神を拝む人間らしくふるまっているのだから、神も神さまらしくすべきではないか」と、私どもは言い続けている。

 人々が叫ぶように、もし主イエスが十字架からおりてこられ、神が本当に神として、罪の中に立ちつくす私どものところに来られたら、この神の義しさに耐え得る者はいなかった。そして神の名による言葉が語られる。「主イエスは、父なる神の命ぜられたままに、ただひとり、人間の誰もがなし得なかった仕方で、本気で、私どもの罪を人間として負いぬくために十字架につかれたのであります。そして神に向かって、わたしの神がどうしてわたしをお見捨てになるのですかと叫ぶ、神に見捨てられるという経験をお持ちになったのであります。本当にここには神はおられなかったのであります。十字架につけられた方だけがあった。人間はとっくにこの方を見離し、そこには人間の嘲笑が渦巻くばかりであった。そればかりでなく、神の呪いがあった(ガラテヤ3・13)。イエスはそれを甘受された。それはなぜか。ただひとつ、私どもが罪人だからであります。私どもの罪はこのようにしてしか、解決され得ぬものだったのであります」(4頁26行目~34行目)。私どもの罪はこれほどに深いので、イエスの十字架はわかりきったものにはなりにくい。

 この説教の特色は、イエスは絶望の中で、「わが神」と呼びうる方であったことを、同じマルコ9・24の汚れた霊に取りつかれた息子を癒された父親の信仰告白「信じます。不信仰なわたしを、お助けください」と結びつけていることです。ここにも神の名による言葉で語られます。「自分の不信仰を認めざるを得ないそのままに神にすべてを委ねる。自分の信仰においては絶望するそこで、神を神と呼ぶのであります。なぜこのことができるのでありましょうか。十字架におけるイエスを知る者はこれを理解します。イエス・キリストは、信じることができないことの恐ろしさ、いや、律法学者たちのように神を信じているはずの者が最も不信仰なことを語り、神から最も遠く離れうることの恐ろしさを、それよりももっと深く、恐ろしいところに立って受けとめ、『わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになるのですか』と叫ばれました。そこで私どもの不信仰さえもにないとってくださるのであります」(5頁3行目~10行目)。

④5頁172行目~185行目

 ヨハン・セバスチャン・バッハの「マタイ受難曲」を紹介し、このイエスの十字架の祈りが歌われた後で、合唱が歌う。「わたしの心がどんなに不安におののくとも、あなたの不安と苦痛の力によって、わたしの不安の中から引き離してください」。そして神の名による言葉を語られる。「イエス・キリストの不安、その苦痛は、私どもがどんなに深く、また恐ろしく死と罪に直面して不安になろうと、これを覆い、そこから私どもを引き出してしまう力を持つのであります。その力を歌うのであります」(5頁14~17行目)。

 最後に、説教の冒頭で語ったシモンのことに触れる。十字架の出来事に巻き込まれたシモンの物語は、多くのキリスト者にとって、自分の十字架を負ってわたしに従って来なさいと言われた主イエスのご命令を合わせて聞いたであろう。そしてこのように結ばれる。主イエスの十字架の出来事が、自分の十字架を負うて主イエスに従う新しい生活を生み出すことが語られる。「私どももまたこの世に生きる限り、十字架を負うて生きるでありましょう。キリスト者であるが故に、小さな、しかし私どもにとっては重い十字架に生きる。けれどもそれらすべてはこのイエス・キリストの十字架に負われている。それ故に、かろやかな、やわらかなキリストのくびきとしてにないうるものであることを感謝したいと思います」(5頁21~24頁)。

 

(2)加藤説教2「死の中の死」

①1頁11行目~4頁136行目

 「十字架上の7つの言葉」の内、多くの人々の心を捕え、主の十字架の意味を明らかにする役割を果たし、入信へと導いた言葉は、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」。それに対し、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」は、主の十字架の意味が分かって入信し、信仰告白に導かれた人は、あまり多くない。それはなぜか、われわれが問うべきことである。このような問いかけで導入部が始まる。

 マルコ福音書は、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」をギリシア語で書かないで、アラム語で書き記した。これは、「礼拝」の中で大切な役割を果たしたのではないか。ここにこの説教の大切なパースペクティヴである「礼拝」の視点が明らかにされる。

 もうひとつ大切な言葉があると指摘し、主イエスの十字架上のお姿を見て、「本当に、この人は神の子だった」とい言ったローマの百人隊長の信仰告白の言葉に注目する。そしてマルコ福音書の全体の構成を見渡す。マルコ福音書は冒頭で「神の子イエス・キリストの福音の初め」から始まっている。福音書記者の信仰告白がここにある。自分が記す主イエスの物語は神の子としての主イエスの物語であることを明確にして、8章で、ペトロが主イエスに問われて、「あなたは、メシアです」と答え、キリスト告白をした。福音書のひとつの頂きがここにある。また福音書の初めに、主イエスが洗礼を受けられた時、天から声があった、「これはわたしの愛する子」。この天の声に応じて、百人隊長が「そうです、この方こそ神の子です」と答えた。神の子イエスに対する信仰の言葉が、初めて明確に語られた。

 この信仰の言葉を呼び起こしたのがイエスの死、イエスの十字架の叫びであった。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という言葉を聴きながら、この信仰告白の言葉が生まれた。そうとすれば、私どもはなぜこのみ言葉を聴いて信仰を言い表すことをなかなかしないのか、これはよく問わなければならないことである、と問題提起をする。それは同時に、ルカが伝える言葉、「彼らを赦してやってください。何をしているのか知らないからです」を、私どもは間違った聞き方をする危険があるということでもある。その過ちを正すためにも、マルコが伝える言葉を正しく聴き取ることが大切である。

 優れた説教者クリュソストモスの説教は、会衆に積極的な反応を与えた。いいところが来ると手を叩き、ハンケチを振って同意を表し、おいおいと泣き出し、叫び声をあげ、クライマックスに達すると会衆が一斉に床をどんどんと踏み鳴らす。それを紹介しながら説教者は、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」の言葉が説かれたら、会衆は手を叩くだろうか、おいたわしいことだと涙を流すだろうかと問いかける。聞くべき言葉を聞かないと、私どもは十字架の言葉の意味、その出来事すら、自分が満足すれば、拍手喝采をするのと同じような思いで受け入れたり、拒否したりすることが起こるのではないかと、問いかける。

②4頁137行目~5頁193行目

 主イエスの十字架上の叫びは、詩編22篇の最初の言葉であることを指摘する。絶望の言葉で始まり、神の力、勝利を賛美する言葉へと変わる。しかし、なぜ主イエスは詩編の中でも、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という言葉を選ばれたのか。説教者は問いかける。

 詩編は主イエスがいつも歌っておられた。礼拝の中で詩編が朗読され、歌われていた。主イエスは十字架の死に先立つ最後の晩餐においても、弟子たちと一緒に賛美を歌いながらオリーブ山に行かれた。詩編は礼拝の歌、賛美の歌、それを主イエスは十字架の上でも歌っておられるということは、主イエスが十字架の上においてもなお礼拝しておられた(5頁175行目)。ここにこの説教を重要な「礼拝」というパースペクティヴが明らかにされる。しかも十字架上の主イエスの叫びを、「礼拝しておられた」というパースペクティヴは、この御言葉を説き明かしたあらゆる説教に見られない全く新しい視点であり、驚きでした。

 十字架上で主イエスが礼拝しておられたということは、ひざまずいておられた、神を重んじておられた、神の前に服従しておられた、神が語られるのを待っておられた、神がお働きになるのを喜んで受け入れる姿勢を取っておられたということ。主イエスが沈黙されていたことは、父なる神がなさることを受け入れようとしておられたとしか捕えようがない。

 第二部はこのような神の名による言葉で結ばれている。「主イエスは、なぜわたしをお見捨てになったか、とお問いになっている。見捨てたのは神であります。ここでは神が働いておられる。神がまことに激しい力で、ご自身の子イエスを突き放しておられる。その突き放しておられる神のみわざを主イエスは全身をもって受け止めておられる。そしてなぜわたしを見捨てるのかと、問い直しておられる。そこに主イエスの十字架の上における礼拝があるのであります。なぜそんなことをなさったのだろうか。なぜ主イエスは見捨てられたのだろうか。『まことの人』になられたからです。私どもと同じ人間になられたからです。そして私どもが神から捨てられてしまっているということを、もっと深いところで受け止めておられるからであります」(5頁186行目~193行目)。

③5頁194行目~6頁235行目

フランスの歴史家フィリップ・アリエス著『死の歴史』を紹介する。人間の歴史の中で死がどのように受け止められて来たかという過去を振り返るだけでなく、現代人が死を自分たちの視野から隠してしまったのではないかと問うている。アリエスは信仰を持っていない。死は虚無だ、妻も子どもも夫も、愛する家族がいなくなってしまう。神もいない。自分も無くなる。そこで示される空しさは恐るべきものであると説教者は受け止めながらも、しかし、このように語る。主イエスほどには死の恐ろしさを語っていない。神はいないと言ったときに、死の真相が本当に見えて来るのだろうかと疑問を呈する。もっと根源的なことは、死とは、「神に見捨てられること」。それでは神に見捨てられることとは、いったいどういうことを意味するのか、と会衆に問いかけて第三部が結ばれる。

④6頁236行目~7頁267行目

 聖書は人間が死んだ時、霊魂不滅を語っていないと、会衆が陥る誤解を取り除く。そして神の名による言葉を語る。「イエスは、明確に神に捨てられた。神に捨てられた者としての死をここで味わっておられる。なぜか。主イエスはまことの人間になってくださったからです。そして人間の方から神を捨てたときに、どのように厳しく神に捨てられるかということを、ここで味わっておられるからです」。最後の言葉が重要です。「人間の方から神を捨てたときに、どのように厳しく神に捨てられるかということを、主イエスは十字架上で味わっておられる」。

 説教題の「死の中の死」は、この事実を示したかった。「死の中の死というのは、私どもはこんなに深い死に方はしないということです。私どもはどんなに絶望しても、こんなに絶望することはないということです。私どもの心は罪のために鈍くなっていますから、私どもが神に捨てられるということがどんなに恐ろしいことかがわからないのです」(7頁258~262行目)。そして加藤牧師が度々指摘するカルヴァンの言葉が紹介されます。加藤牧師の十字架の神学を支える重要な言葉です。(実際、この説教がなされた時には、この言葉はなく、改訂説教集で加えられました)。カルヴァンは、この叫びを挙げた主イエスは「陰府にくだって」おられると見た。地獄を経験しておられた。

⑤7頁268行目~9頁328行目

 主イエスは十字架上で、神から見捨てられても、なお、「わが神、わが神」と呼び続けられる。ここに神の子のなさり方の不思議さある。ある人は言われる。「この絶望の中にあっても、主イエスは遂に三人称で神を語ってない」。教会での牧会の出来事を紹介する。教会員から電話で30分、40分、1時間と嘆きを聞く。「神はどうしてわたしをこんな目に遭わせるのでしょうか」と訴える。そこでは神は三人称になる。その時、このように答える。「牧師に訴えるよりも、あなたはそこで祈りなさい。電話を切る時に、さあこれからお祈りなさい、僕も今あなたのために電話を切ってから祈るからね」。祈ったら三人称ではない。祈ることもできないと訴えられることがある。祈れなくなったら自分を神に向ける。肝心の神になぜこうなったのですかと問い続ける。

 神の名による言葉が語られる。「主イエスがしておられることはそのこと。神のなさりように絶望しながら、しかし、神に問い続ける。祈り続ける。そこでも礼拝し続ける。そこにイエスが神の子であられることが鮮やかに溢れ出てくる。百人隊長が見たのはそれであった。十字架上の絶望の叫びが、ローマの兵隊に対する呪いにもなっていないし、誰に対する嘆き悲しみなのでもなく、あの神に向かっている。『この人は本当に神の子だ』と叫んだ時に、この方の父なる神は生きておられると、この隊長は認めざるを得なかった」(8頁285行目~292行目)。

 再びアリエスの書物が紹介される。祈っている姿の死者の彫刻がある。祈る人たちの手は全部合掌。鎌倉雪ノ下教会の葬儀が紹介される。信仰者が亡くなると正面に柩を縦に置く。礼拝者の姿勢を死んでからも取る。牧師は柩の中でも説教者の姿勢を取る。頭が講壇に向いておかれる。祈る者、礼拝する者の姿勢を首尾一貫して貫くときに、主イエスの十字架の祈りが私どもをもっとも深いところから支えるという信仰を言い表す。

 神の名による言葉で結ばれる。「私どもはそんなに絶望しても主イエスのように絶望することはもうない。なぜ神は、お見捨てになったのですか、わたしは独りぼっちです。けれども私どもがそう思った時に、私どもは独りにはなりません。主イエスが、そこにおられる。主イエスは、私どもよりももっと深いところで、罪人として神に捨てられた者の苦しみを味わっていてくださる。そしてあなたがたの誰ひとり例外なしに、わたしほどもう苦しまなくていいのだ、とおっしゃっていてくださる」(8頁318行目~9頁325行目)。そのような意味で、心に深く刻み、愛唱すべきみ言葉が与えられていることを感謝する。

 

(3)加藤説教3「深みに立つ神の子に生かされて」

①1頁11行目~2頁75行目

 「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」。この言葉から説教が始まる。主イエスの十字架上での言葉、叫びが、なぜ片仮名で記されているのか、という問いかけから始まる。福音書はその後ギリシア語に翻訳して、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と書き改めたが、なぜギリシア語で記さないで、主イエスがお語りになったアラム語をまず書いたのか。福音書において他にも同じことがある。主イエスが会堂長ヤイロの娘に語った言葉「タリタ、クム」。私どもにも思い当たることがあるが、忘れがたい言葉はその時の口調を出来るだけ忠実に写しながら伝える。主イエスと共に生きた人々、主イエスの出来事を目の当たり見続けて来た人々、そのお言葉を聞き続けて来た人々が、主イエスの物語をした。その時に一番大切な言葉はアラム語で言い、それを聞いている人たちも、主イエスがお語りになった言葉の通りに心に刻んだ。

 それでは一体誰がイエスの十字架上の言葉を伝えたのか。ペトロは既に逃げ去っていた、他の男たちでもない。マグダラのマリア、小ヤコブとヨセの母マリア、サロメ、この婦人たちが十字架の言葉を聞き取って、伝えたに違いない。

②2頁76行目~4頁137行目

 教会が生まれた頃、教会堂を建てることはしなかった。自分たちが集まる所に十字架を掲げることはなかった。しかし、どこに集まっても、誰の家に集まっても、明確に「霊における十字架を立てる」ことはした。そこで喜んで聞いたのは、主イエスの物語、特に十字架の話であった。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」だけは、主イエスが語られたお言葉通りにまず口にし、伝えられた。教会は十字架の主イエスのお言葉を刻むことにより、交わりを作ってきた。この教会の20年、30年の歩みも、教会がいつもしてきたことは、牧師が十字架を立てる言葉を語り続けたこと。「十字架という目に見えるしるし」ではなく、「十字架の言葉」が集中表現として語られる。

 1984年、鎌倉雪ノ下教会は新しい教会堂を献堂した。教会員の関心は、十字架はどこに立つのですかであった。しかし、十字架が装飾になることは正しくない。オランダ改革派教会は礼拝堂の真中に大きな十字架を立てる。大地に根をおろしたような大きな十字架を立てる。鎌倉雪ノ下教会は外から見える塔の上に、ヤコブの梯子といわれるスチールの構造物を造り、その中にスーッと空にのびる十字架を一つ置いた。しかし、十字架をどこに見えるような形で置くかということよりも、もっと大事なことは、われわれの教会の歴史を造った人たちは、十字架における主の言葉を聞き続けてきたということ。礼拝堂の中にどんなに大きな十字架を立てようが、その十字架が黙っているようなことがあれば、そこから聞こえる声を聞き取ることが出来ないような教会になっているのであれば、それは教会の名に値しない。聞くべき言葉は、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」。この十字架の言葉に集中する。

③4頁138行目~7頁265行目

 しかし、この言葉を聞き取ることは易しいことではない。十字架の下にいた人々は、「待て、あの男はエリヤを呼んでいる」と聞き損なった。イエスを処刑した人々も、もしイエスがキリストであるならば、復讐されたらどんなことになるのか分からないという恐れがあった。しかし、絶望の叫びを上げ、息を引き取ったことを確認した時に、ホッとしていた。彼らも主イエスのお言葉を聞き損なった。「聞き損なった」という言葉が、第三部の集中表現として語られます。

 なぜイエスは神に向かって、「あなたはわたしを捨てた」ということを確認するようなことをお語りになったのか。ひとつ大事なことは、聞き損なっていいような立場に立っていた百人隊長が、しかし主イエスの叫びを聞き、その主の姿を見て、「本当に、この人は神の子だった」と言った。「この人は神に捨てられてはいない。神が父であり、この人は神の子である、その絆は断たれていない。むしろ、この人こそ神の子と言わなければならない」と言った。

 「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」、マルコ福音書は自分たちの信仰告白の言葉として記した。この福音書の冒頭の言葉は「神の子イエス・キリストの福音の初め」。神の子イエス・キリストという方が本当に神の子だったことを認めた最初の人として、百人隊長、いわば教会の信仰告白の最初に立つ人になった。ここにこの説教のパースペクティヴである「信仰告白」が明らかにされている(5頁173行目~180行目)。

 鎌倉雪ノ下教会はこの教会と同じように、日本基督教会の信仰である1890年の信仰の告白の伝統に立つ。「我等が神と崇むる、主耶蘇基督は」という言葉から始まる。一体そこで何を言っているのか。私たちが神と崇めている主イエス・キリストが「真の人」となってくださり、私たち人類のために十字架について死んで、贖いとなってくださったということをまず言う。このようにして百人隊長の言葉をなぞる。「ああ、この人こそ神の子」。その神の子がなぜ、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と、叫んで死ななければならなかったかと言えば、それは私どもの死を死んでいてくださっているからである。神の名による言葉が語られる(5頁192行目~6頁202行目)。

 神の名による言葉が続く。「十字架における死、木に架けられて死ぬ者は呪われる。これは私どもすべての本来の定めであった。私どもはそのことになかなか気づかない。それを主イエスが身に引き受けていてくださる。あれは私たちの死なのです。十字架の死は特別な死ではないのです。特別に呪われた死ではないのです。その意味ではありふれた死、すべての人類が味わわなければならない死、それを主イエスが死んでくださった。神に捨てられたのです。主イエスの死の最も厳しいところは、そこにあると言っていい」(6頁208行目~215行目)。私どもが普段用いない表現が語られる。十字架の死は特別な死ではない、特別に呪われた死ではない。すべての人類が味わわなければならない、ありふれた死。1890年の日本基督教会信仰の告白、ニカイア信条のパースペクティヴにより、主イエスの十字架の死が、「われわれための死」であったことが強調されている。

 鎌倉雪ノ下教会の家庭集会に出席した一人の目の非自由な方が紹介される。家庭集会で主イエスの十字架の話をした。その方が私に聞いた。「先生、十字架って何だね」。「十字架って私はさわったことがない」。そこでお菓子を取る塗り箸を取って、それを十字に重ねてその人の手に持たせて、十字架ってこういうもの、この箸はすべすべしているけれども、イエスが十字架につけられた時はこんなものじゃなかった。その方は「それは辛かったろうな」と言った。ああ、この人が本当に素朴な、我々が忘れていた事実を思い起こさせてくれた。我々が十字架を教会堂に飾るときには、荒々しい木材ではなく、金ピカの高価な輝くような十字架にしてしまうかもしれない。十字架で殺されるということは辛いことなのだということに、誰も気づかなくなっていることに気づかされた。

 しかし、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」の言葉のもっている意味は、私どもが主イエスのご同情申し上げて、「それは辛かったでしょうに」と言って分かるものではない。これは私どもが同情したところに生まれてくる理解ではなくて、主イエスが私どもに同情してくださったところに生まれてきた御言葉である。主イエスが「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばなくなったのは、私どもの同情を超えて、もっとはるかに深いこと、我々の罪はそれ程、神にとって厳しいこと、辛いことであった、だから本当はそこで、私どもは裁かれてやむを得ない。本来、私ども人間の罪というのはそれ程に深いもの、それ程に厳しいものである。説教題である「深みに立つ」という言葉が語られる。私どもの罪の深も、神に裁かれ、救いようのない罪の深み、そこに神のみ子が立たれた。

 神の名による言葉が語られる。「しかしそこで主イエスが、『わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか』と言われた時、何が起きたのか。主イエス・キリストが私どもの代わりに叫ばれた以上、その後誰も同じ叫びを叫ばなくて済むようになったのです」(7頁253行目~255行目)。

 日本基督教会の信仰の告白が再び紹介される。主イエスの贖いの出来事を述べた後でこう言う。「凡そ信仰に由りて、之と一躰となれるものは赦されて義とせらる」。主イエス・キリストが私どもとひとつになって十字架の死を死んでくださったことで、我々はこの主イエスとひとつになることが出来る。そこで知るのは、私はもう裁かれない、私は義とされている、私も神の子とされている、私も神を「父なる神」と呼ぶことが出来るようになっているのだという事実。そこに立つ。それが私どもに与えられている大きな救いの事実。この教会も、ただ、そのことによってのみ立ってきた。「立つ」という言葉が集中して語られます。説教題の「深みに立つ神の子に生かされて」。神の子イエスが私どもの罪の深みに立たれたことにより、私どもは神の子とされ、神を「父なる神」と呼べる大きな救いの事実に立つことが赦された。十字架の出来事と私ども(教会)の救いの出来事とが一つのこととして語られる。これらも神の名による言葉です(7頁256~265行目)。

④7頁266行目~9頁351行目

 カール・バルトが晩年、バーゼルの刑務所でした説教「わたしを呼べ」、詩編50篇15節が紹介される。「わたしを呼ぶがよい。苦難の日、わたしはお前を救おう」。ドイツ語で「呼ぶ」は「電話をかける」という意味。バルトは説教をこのように始めている。「私を呼べと言われている。すぐに電話のことを思い起こす。私が何か仕事をしている、あるいは音楽でも聞こうかなと思っていると、電話がかかってくる。やれやれと思って電話機を取ると、お元気ですか、というところから始まって、実はこれこれのことがありまして、と長話があってそして最後に何と言われるかというと、今度はそっちから電話をしてね、と言われることがある」。「わたしを呼びなさい」。この詩編の言葉は神が私どもに声をかけてくださっている、とバルトは捕える。だから喜んで神を呼べるのだと。

 更にバルトはこう言う。「人間の電話だと電話をかけてきて、近頃元気、なんて聞くんだけれども、神さまはそんなことは聞かない。なぜかというと、私が私のことを知っている以上に神さまは今、私がどんな状態か知ってくださる。そんなことをお聞きにならない。ただ、神は何もかも知っていてくださる方として、『わたしを呼びなさい』と、『苦しかったらわたしを呼べ。わたしはあなたを救う準備を、いつもしている』と言ってくださる」。

 バルトの説教の神学の視点に導かれて、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」に光を当ててみる。この主イエスのお言葉は、まっすぐ父なる神に向かう悩みの叫びである。本当に主イエスはお辛かった。どうしてこんな目に私は遭わなければならないのか、そのように神をお呼びになった。しかし同時に、この主イエスのお言葉の中に多くの人々は我々に対する招きの声を聞き取った。「神が呼んでいてくださる。私を呼んだらよい。私はあなた方の贖いとなった。もう神を喜んで安心して呼んだらいい。苦しかったら、それだけそこで呼んだらよい」。神の名による言葉です。

 鎌倉雪ノ下教会での出来事を振り返り、紹介する。明治時代から続く信仰の家系で、代々、教会の長老をされ、現在の一家の主になっている方も長老をされた方。その方に教会学校に出席していた中学生の長男がいた。昨年夏、鎌倉沿岸の波打ち際で死んだ姿で見つかった。遺族も教会員もどうしてそういうことが起ったか、本当に悩んだ。葬儀の席で父親が挨拶した。集まっている者に声をかけているともりであるに違いないが、いつの間にか、「神さま」「神さま」と言い始める。そしてただ自分の愛する子どもを突然失ったことを嘆くだけではなくて、最後の祈りは「どうぞ神さま、このような不幸な体験をしないで済むように子どもたちを守ってください」。それは父親自身にとって、自分の子の悩み深い時に、まさに悩みが深ければ「わたしを呼んだらいい」という、神の言葉を今も聞くことが出来るという信仰告白であるに違いない。これも神の名による言葉です。「われを呼べ」「神を呼ぶ」を、ここでも「信仰告白」のパースペクティヴで捕えています。

 この主イエスの「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という言葉は、詩編22篇の冒頭の言葉。主イエスは弟子たち共に、詩編をいつもお歌いになった。詩編22篇も何度も口ずさみながら、この歌を詠み出さずにおれなかった神の民の人々の悩みに、深い同情をもってくださったに違いない。しかし、その詩編の作者も気づかなかった程の深いところまで、主イエスがお立ちになった。

 ルターの言葉を引用する。「およそ人類の中で本当の死を死んだ者は、主イエスただ一人」。およそ人類の中で真の罪人として死んだ方は、主イエスただ一人と、言い換える。「私たちはもはや、そのように罪人の死を死ななくてもすむようになった。我々がどんなに悩み深くても、どんなに自分の罪に苦しい思いをしても、それよりももっと深い所に主イエスはおられる。我々はその意味で主イエスほどに絶望することはない。これに勝る慰めはない」。神の名による言葉です。

 この教会が30年間、主の十字架の恵みを語り続けてこられたことを感謝し、変わらざる十字架の福音が語り続けられますように。「この場所に立つ」、御言葉を説く説教者たちを、神が守ってくださるように。会衆の皆さんが、その言葉を間違って聞き取ることがないように。十字架の御言葉を絶えず聞き続けていただきたい。説教者の執り成しの祈りで結ばれる。

 

(4)加藤説教4「私たちを救う主の叫びを聴こう」

Ⅰ部①1頁10行目~2頁67行目

 冒頭の祈り、羊の大牧者の祈り、ヘブライ人への手紙13章20~21節が、既に説教の方向性を導いている。主イエスを死者の中から引き上げられた平和の神が、御心を行なうために、すべての良いものをあなたがたに備えてくださるように。

 逗子教会に向かう途中、車の中から白い十字架がはっきり見えた。十字架のあるところ、それが教会堂と呼ばれる建物であることは誰もが知っている。逗子教会の礼拝堂に入ると、目の前に大きな十字架が掲げられている。会衆の皆さんは、どんな思いで十字架をご覧になるか問いかける。

 ドイツの友人が日本に来られた時、感想を述べた。「日本はキリスト者が少ないというけれども、結構多いじゃないですか。電車に乗るとあちこちに十字架のネックレスをつけている人がいる」。「あれは飾りだ」と答えると、「よく十字架を飾りに仕えるねえ」と言った。印象に残る言葉。

 説教者が金沢伝道をした時のことが紹介される。明治時代の教会を知っている高齢の女性から、キリスト者を揶揄する歌を聞いた。「耶蘇教徒の弱虫は、磔拝んで涙を流す」。私どもの信仰を突いている。十字架は飾りではなく、磔柱。逗子教会も死刑台を高く掲げ、ここに教会があると宣言している。ここに私どもの信仰の急所がある。「磔拝んで涙を流す」、悲しみの涙でもあり、喜びの涙でもある。

 説教者は会衆に、特に求道者に、「十字架をしっかり見つめてください」と問いかける。死刑のしるしを見ながら、涙を流すとはどんなことだろう、どんな涙が出るのだろう、十字架に問うてほしい。

②2頁68行目~3頁91行目

 逗子教会の礼拝堂は、大きな立派な十字架の下に、閉じた聖書が置いてある。礼拝が始まり、小宮山牧師が聖書を開いて、朗読された。なる程と納得した。このことはとても大事なこと。十字架を見つめてと言ったが、十字架は過去に起こったひとつの出来事をはっきり示している。それを知ろうと思ったら聖書を開いてみればよい。見える十字架ではなく、聖書が語る十字架の言葉に、会衆の目を向けさせる。

③3頁93行目~4頁128行目

 百人隊長に目を向ける。十字架上のイエスの亡くなり方を見て、「本当にこの人は神の子だった」と言った。驚くようなことを言った。信仰は「イエスを神の子だ」と言った時に生まれる。十字架上でイエスはどんな亡くなり方をしたか。一番急所になるのは、イエスが大声で叫ばれた言葉「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」。主イエスの言葉、アラム語。それをギリシャ語に通訳した。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」。主イエスは絶望して亡くなった。一体どういうことか。しかもその言葉を聴いたローマの百人隊長が、「この方は本当に神の子として死んでいる」と言った。ここに「キリスト者の信仰の秘密」がある。このことが分かれば、救われる。ここが急所。

④4頁130行目~5頁174行目

 スイスのジュネーヴで教会改革をしたカルヴァンは、青少年のために『ジュネーヴ教会信仰問答』を書いた。主イエスの十字架をどのように説き明かしたのか。主イエス・キリストの神性、神としての性質、主イエスが神であられるということが、ほんの一瞬だけ隠れた。力を発揮しなかった。主イエスはこの時、神であることを一瞬やめた。なぜか。本当の人間になりきるために。本当の人間になりきるために、神であることをおやめになった。ルターはこう言った。「この世の中で、本当の意味で罪人として死んだのは、主イエスおひとり」。

 よく考えていただきたい、と説教者は繰り返し会衆に問いかける。教会に来ると、「人間はみな罪人だ」と言われる。納得できない。しかし、主イエスは神の子だから罪人ではない。けれども、それだからこそ、主イエスだけが本当の罪人として死なれた。

 罪人である人間は、自分がどれだけ罪深いかがわからなくなっている。「罪って何だろう」。『ハイデルベルク信仰問答』は、「人間の罪」を「人間の悲惨」「人間のみじめさ」と言っている。「みじめさ」は我々も知っている。みじめさを味わわない人はこの世にひとりもいない。人間がみじめだと思うその根源にあるのは何か。本当は私ども人間は神に造られたもので、神を愛し、隣人を愛し、自分自身を愛する、愛の存在として造られている。その愛に挫折してしまう。それどころかすぐに憎しみを覚える。「神なんかいない。俺なんか生きていたって意味がない。俺と一緒に生きているやつなんて、あんなやつ死んでしまった方がいい」。

⑤5頁176行目~6頁216行目

 鎌倉雪ノ下教会の牧師をしていた時、黒柳徹子さんのご両親が礼拝に出席されていたことを紹介する。礼拝の中で罪の悔い改めの祈りをする。その祈りに対し、黒柳朝さんがこう言われた。「先生はまるで自分が人殺しみたいなお祈りをされた。驚いて目を開けて先生の顔をじっと見た。この人、人殺し?だけど、そうよね。私もずいぶん人を殺しているわ。本当にそう思った」。説教者は会衆に語りかける。誰にも思い当たることがある。「あんなやついなければいいのに、死んじまえと思ったりする。聖書は「自分を愛するように隣人を愛しなさい」と語りかけている。しかし、実は私どもは自分を愛しているかどうかが問題。今、日本社会で大きな問題は「自殺」。この「自殺」をせざる得ない人間のみじめさ、絶望が、この説教のパースペクティヴとなっている。

 金沢で伝道していた時、小学生が自殺した。新聞が「理由なき自殺」と書いた。金沢大学の学生が私を訪ねた。「先生、理由なき自殺とはどういうことか」。私は答えた。「人間は誰でも自殺する理由を持っている」。「牧師でも自殺をしようと思うならば、自分で納得する理由を持っている」。私どもはいろんなことに絶望する。殊に、自分自身に絶望する。『ハイデルベルク信仰問答』は、私どもが神を愛すること、自分を愛するように隣人を愛することができないところから、人間のみじめさが始まると語る。その人間のみじめさが生んでいるのは、神の戒めに背く私どもの罪。

⑥6頁218行目~7頁259頁

 エレミヤ書20章14~18節の御言葉に注目する。この説教はエレミヤ書の御言葉の光により、主イエスの十字架の叫びを見ようとした説教。そこにこの十字架の説教の特徴がある。エレミヤ書の黙想から生まれた説教であるエレミヤは自分を呪っている。生まれた日を呪っている。それほどまでに痛ましい絶望をエレミヤは語る。ここに貫かれているのは「絶部」のパースペクティヴ。一所懸命神の言葉を語りながら、自らを呪わなければならなかった預言者。エレミヤの言葉を読んでいると、主イエスの十字架の叫びが重なって聴こえてくる。ここにエレミヤの絶望の叫びと主イエスの十字架上の叫びが重なり合う。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」。十字架は神に向かって突きつけられた問い。なぜ、神の子イエスが死ななければならないか。

しかし、そこにまた「神の秘密」がある。主イエスが死なれることにより、初めて「人間の罪の真相」が明らかになった。人間の罪がどんなに深いものかが明らかになった。人間の絶望は、主イエスの絶望に比べると貧しいもの。ルターは「自分がどんなに絶望しても、主イエスの絶望にかなわない」と言った。百人隊長は、本当の神の子のお姿を見据えた。神が百人隊長の心をお開きになった。百人隊長に見せるべき神の子イエスの本当のお姿を見せておられる。「御覧ここにわたしの子がいる。こんなに深く絶望している子。わたしの子だ」。百人隊長の心を神が開いて、この信仰告白の言葉を差し入れてくださった。この異邦人を主イエスの十字架の証人としてお立てになった。

「ここからは、皆さんもいろいろな質問があるだろうし、私もそれに答えなければならないことがたくさんあるだろうと思いますけれども、その暇はない」と言って、第Ⅰ部のが閉じられる。

 

Ⅱ部⑦7頁261行目~8頁298行目

 第Ⅱ部がここから始まる。新しいパースペクティヴで十字架の言葉を見ようとする。東日本大震災後、3・11以後の言葉はいかなる言葉かを、「説教黙想」としてまとめた。ローマの信徒への手紙8章34~39節。説教者は珍しく会衆に聖書を開かせ、朗読する。しかし、最後の御言葉「わたしたちのキリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです」という新共同訳を、「引き離すことはできない」と断言の言葉に言い換えている。「ずいぶん激しい言葉です」と説教者は感想を述べる。十字架のキリストの死において、本当は私どもがあのような罪人の死を知るべきであった。しかし、みんな私どもの死に方はいい加減。本当の死を死んでくださったのは、主イエスおひとり。ほふられた羊のように主イエスは死んでくださった。しかし、神はまさにそこで、主イエスを墓から引き上げられた。およみがえりになった。ここの「復活」のパースペクティヴという新しい視点が語られる。

 鎌倉雪ノ下教会は1984年に新しい教会堂を建てた。塔の中からステンレススチールの横に棒を組んだ梯子のかたちが伸びている。ヤコブの梯子を象徴するもの。天にのぼる梯子。その真中に十字架がつるしてある。宙に浮いたように見える。ステンレススチールの輝くような十字架。軽やかなもの。天に向かう十字架。よみがえりの十字架。十字架につけられた方がよみがえって天にのぼって行く。いのちの十字架。そういう信仰が十字架で言い表されている。

 第Ⅰ部では、神から見捨てられた絶望のパースペクティヴからイエスの十字架を見てきたが、第Ⅱ部では「よみがえり」「天にのぼるいのち」のパースペクティヴで十字架を見る。

⑧8頁300行目~9頁351行目

 ルターは1516年、友人ゲオルク・シュペンライに手紙を書いた。シュペンライがいろいろな苦しみの中で絶望的な思いになっていた。「絶望しなさい。大胆に絶望しなさい。臆病じゃだめだ。思い切って絶望しなさい」。面白い言葉。「絶望しきれ」と言う。その絶望の中に、主イエスがおられる。主イエスが一緒に絶望してくださる。その主イエスを信頼しなさい。「大胆に絶望しなさい」というドイツ語は、「慰められている絶望」とも訳せる。そのことをルターはラテン語で書いた。「絶望において信頼に生きろ」。摂居酢やはルターの言葉を言い換えて説き明かす。この説教の神の名による言葉です。「絶望しきれ。自分自身において完全に絶望してよろしい。自信なんか持つな、誰かをあてにするな。何かの力をあてにするな。絶望しろ。しかしどこで信頼に生きろ。その信頼は、ただ一筋イエス・キリストに向かう。君と同じ絶望の中で、もっと深く立ってくださるイエスが、しかし、そこで神を呼んだ。「わが神、わが神」。これは不思議なこと。神さまなんか知らんと言って、悪魔を呼んだのではない。「どうして捨てたんだ」と父なる神に取りすがるようにして呼んだ。大胆に絶望しなさい。絶望の中で、ただひたすらイエス・キリストを信頼しなさい。ほかに君の生きる道はない。ここにだけに生きるんだ」(8頁310~317行目)。

 先程歌った讃美歌525番に触れる。「イエスよ、私の喜びよ」という呼びかけの歌。「わが喜びよ、イエスよ」。イエスを「わが喜び」と呼ぶ。4節に「去れ、悲しみ。わが喜び、主は来ます」。ドイツ語の元の詩は、「悲しみの霊よ、出て行け」。なぜか。「喜びのマイスター・イエスが来られるから。お前は邪魔だ、出て行け」。「悲しみの霊よ、出て行け。喜びのマイスター・イエスが来られる」。「マイスター」は「親方」とも訳せる。主イエスを喜びのマイスター、喜びの巨匠、喜びのおっしょさんと呼んでいる。イエスさまの真似をすればいいんです。イエスさまの真似をすれば、私は喜びに生きるのだから。悲しみの霊よ、出て行け。説教者はここで親しみを込めて、「イエスさま」と呼んでいる。

 ルターはなぜ改革を起こしたのか。1517年10月31日、ヴィッテンベルクの町で、まだ修道士であった時に、95箇条の文章として書いて掲げた。その第一条は、「私の主であり、師(ここでも師匠という言葉が用いられる)であるイエス・キリストが悔い改めなさいと言われた時、私たちの全生涯が悔い改めであること。死ぬまで悔い改めること」。ルターはドイツ語で書き直した時、「日毎の悔い改め」と言った。神の名による言葉で結ばれる。会衆への呼びかけの言葉です。「十字架を見る度に私どもは悔い改めなければならない。どうしてまた絶望したのか、どうして愛において絶望したのか。どうして苦しみの方が自分の支配者になったのか。おわびしよう。そして主イエスのところに帰って行こう。喜びの師匠である主イエスに、私の全生涯を占領していただこう。悲しみよ、去るがよい。私は喜びに生きる。最初に紹介した、磔拝んで耶蘇教徒の弱虫が涙を流すという歌。それは悲しみの涙であり、喜びの涙であったに違いないと私は思う。主の叫びを聴きましょう」。

 

3.加藤説教の十字架の神学を探究する

①加藤牧師の説教は既に見たように、年齢と共に進歩し、更なる深まりを見せる。留まることをしない。現状に安住しない。それ故、主イエスの十字架の叫びを巡る説教も、同じパースペクティヴで論じない。いつも新しいパースペクティヴで説き明かしている。しかし同時に、加藤牧師の説教理解は若い時から一つの心棒で貫かれている。一貫性があり、揺るぎがない。

さて、主イエスの十字架の叫びを説き明かす4つの加藤説教において、二つのパースペクティヴで検討する。第一は、主イエスの十字架上の叫び「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」をどのような「十字架の神学」で説き明かされているのか。第二は、主イエスの十字架の叫びが、聴き手にどのような「魂への配慮の言葉」として説き明かされているのか。それは既に挙げた最初の説教論『説教―牧師と信徒のためにー』の言葉で言えば、「説教はパラクレーシス、慰めの言葉であり、キリストのわざが正しく語られると共に、倫理を力強く勧める言葉でもある」が、実際の説教においてどのように展開されているのかを探究することである。

②加藤牧師が説教その他で度々紹介される言葉がある。ご自身が訳されたC.メラー編『魂への配慮の歴史5 宗教改革者たちの牧会者たちⅠ』(教文館、2001年)、ハンス・ショル著「第5章 ジャン・カルヴァン」の言葉です。「ルターやカトリック神学と同じように、カルヴァンがよくわきまえていたのは、受肉の持つ意味である。しかし、カルヴァンは、キリストの人間性をより強調し、それにより深く注目していたので、自分の神学的な論争相手よりも、より厳密に、神のロゴスの受肉の歴史を追うことができた。カルヴァンの」まなざしは、愛に満ちて人間キリストとその運命に注がれ続けた。誕生から十字架、埋葬、陰府降り、復活、昇天、そして父の右に人間的な存在として座られるに至るまでの歩みを辿り続けたのである。よく知られていることは、この関連で、カルヴァンが、伝統的な神人二性論を、それが緊張のあまり裂けそうになるほど、緊張関係にあるものとして捉えたということである。そこで、ジュネーヴ教会信仰問答は、キリストの陰府降りについて、こう言うことさえできたのである。『キリストは、ご自身神であるのに、神から捨てられたかのごとく不安を抱かれることができたのはなぜでしょうか。ー私どもが理解しなければならないのは、キリストが極度の不安のなかにあられたのは、その人間性という面においてであったということです。しかも、このことが起こるために、キリストの神性は、ほんの短い瞬間でありますが、いわば隠されたままであったということ、すなわち、その力を発揮されることはなかった、ということであります』」(同上、271~272頁)。

 カルヴァンは十字架の出来事こそ、「キリストの陰府降り」という理解をする。しかもそこで、キリストの神性は一瞬、隠された、まことに人間となられたという大胆な理解をする。

 加藤教師が『黙想 十字架上の七つの言葉』(教文館、2006年)で、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」の黙想で、同上のショルのカルヴァンの陰府降り理解を挙げて、こう述べている。「主イエスの十字架における絶望の言葉について、最も深い考察のひとつである。ここでもカルヴァンの信仰と神学がどのようなものであるかが、まことによく語られているのである。十字架の上で、キリストの神性は暫くの間ではあったが『隠れた』とさえカルヴァンは言う。驚くべき発言である。それほどに深く神の審きのもとにある人となってくださったのである。まるで『神から捨てられたかのように、いや、神を敵にまわしたかのように、良心に不安の苦しみを』負われたのである。・・しかし、まさにキリストが神であられたからこそ、その恵みの自由によって、神であられることを隠してでも、徹底的に人間であろうとしてくださった。まさにそこでインマヌエルの現実を徹底して生きてくださったのである」(同上、106~107頁)。

 カルヴァンの「十字架におけるキリストの陰府降り」理解、「キリストが神であられたからこそ、その恵みの自由によって、神であられることを隠してでも、徹底的に人間であろうとしてくださった」。このカルヴァンの十字架理解は、ルターの「およそ人類の中で真の罪人として死んだ方は、主イエスただ一人」と響き合う。そしてこのようなカルヴァンの十字架理解はカール・バルトに引き継がれた。加藤教師も改革派の十字架理解、十字架信仰に立つ。

③加藤牧師が説教において度々紹介する鎌倉雪ノ下教会の婦人がいる。「私が『神の義』という言葉を読むたびに、必ず思い出すことがあります。私どもの教会では毎年、受難週に祈祷会が行われて、教会の方たちが交代で奨励いたします。あるひとりの婦人が、その奨励の役にあたり、こういうふうに言ってその言葉を始めました。『私は、神が神であられる、ということはどういうことかをお話したいと思います』。それだけです。そして後は淡々と、しかし、心を込めて主イエスの受難の物語を語ってくれた。私は、この言葉を終生忘れない。『神が神であられる』とはどういうことかを自分は語りたい、それだけだ。主イエスの受難、主イエスのみ苦しみ、主イエスの十字架は、それを物語っているのです。この婦人は、そうはっきり言われたのです。これはまことに神学的にも正しい。そして信仰において、深い喜びの言葉であります。神さまが、神さまでいてくださることは、こんなにすばらしいこと、しかも、それは主イエス・キリストの救いのわざに現れた神のわざであると知ること、それこそ神の義の神髄を知るということであります。なぜか。神が神であられること、それこそ、『神の義』そのものの意味するところだからです」(『加藤常昭説教全集2 ローマ人への手紙1』「差別なき救い」3章21~31節(1)369~370頁、ヨルダン社、1990年)。

④加藤常昭著『雪ノ下カテキズム 鎌倉雪ノ下教会教理・信仰問答』(教文館、1990年)は、「説教の言葉」がそのまま「教理の言葉」になり、信仰問答となりました。言い換えれば、「教理の言葉」がそのまま「説教の言葉」になったとも言えます。「第三部 主イエス・キリストを問う」「第四章 十字架の主・甦りの主」「第二節 十字架の死」問119~問149(改訂新版『雪ノ下カテキズム』142頁~149頁、教文館、2010年)が、私どもの考察の対象となります。問126で、この節の主題をまとめ、「主の十字架の恵みを数えて」います。加藤教師の十字架の説教を支える十字架の神学、十字架信仰が述べられています。

「第一に、十字架の出来事において、神の審きが明らかになりました。私どもの罪が審かれ、審かれることによって、私どもの罪の真相が明らかになりました。罪人としての私どもの姿が明らかになったのです。私の真実の悔い改めも、この主の十字架を凝視するところから始まります。

 第二に、その神の審きの明らかになるところ、主が既に審かれたことによって、私は、もはや罰せられることはなくなりました。主こそ真実の罪人として審かれておられます。私どもすべての審かれるべき者の代理としてです。それゆえに、私どもは、そこで既に私どもの罪の赦しが起こっていることを信じさえすればよいのです。

 第三に、罪の赦しのあるところ、神との和解が生まれます。罪赦されて義とされた者は、神との間に平和を得たのです。この平和の絆が揺らぐことはないのです。

 第四に、私どもが罪を犯すとき、私どもはいつも不自由でありました。自分で思うままにことを行っていたようでありながら、実は悪魔のとりこ、そして地上の権力、すべて神に逆らう力の支配のもとにあったのです。主イエスは、神の子のみが持つ自由の力をもってあえて十字架の死をにない、悪魔と戦ってくださいました。十字架は、地上にあって悪魔と戦い続けられた主のみわざの完成です。悪霊に対する決定的な勝利です。私どもは悪の力から自由になりました。解放されたのです。私を支配するのは、いかなる権力でもなく、主なるキリストのみなのです。この恵みをこころから感謝しています。私は、今こそ私の真実の主は、誰であるかを知るのです。

 第五に、主は繰り返し、私どもに、自分の十字架を負って従うようにと命じ、その模範として十字架に死なれました。謙遜、服従、奉仕に生きる自由の模範を示されました。十字架によって与えられた自由のゆえに、私もまた、この主のみあとに従うことができます。主の十字架が初めて、私に、人として生きるときに、何を尊び、何を真実に価値あるものとすべきであるかを教えてくださるのです。

 第六に、十字架は、何よりも、神の愛の証しであります。神は、み子を私どものために死の淵に送りこまれるほどに私どもを愛してくださったのであります。この十字架の出来事を思い起こすとき、私は絶望することはありません。どのような状況にあっても、自分に与えられている祝福を確信することができるのです。

 最後に改めて申します。このような神の義が貫かれ、愛が現れた十字架は、甦りの主の十字架であるからこそ、力を持ち、私どもをその恵みのもとに立たせる出来事となりました。このことを、私は、改めて喜びをもって認めます」(同上、147頁~148頁)。

⑤加藤牧師のこのような十字架の神学、十字架信仰、「まさにキリストが神であられたからこそ、その恵みの自由によって、神であられることを隠してでも、徹底的に人間であろうとしてくださった」が、説教においてどのような言葉で表されているのでしょうか。加藤説教1~4の「神の名による言葉」です。

(1)加藤説教1「十字架の祈り」

「この時イエスが本当に十字架からおりてこられたらどういうことになるか。よし、それならばと言って十字架からおりてこられ、たとえばこれまた人々の期待したように、エリヤの如くふるまったらどうなるのか。われわれは誰も生きることができなかったであろう。なぜかというと、神が本当に神として、まだ罪の中に立ちつくすわれわれのところに来られたら、この神の義しさに耐えうる者はいなかったであろう。それ故に、主イエスは、父なる神の命ぜられたままに、ただひとり、人間の誰もがなし得なかった仕方で、本気で、私どもの罪を人間として負いぬくために十字架につかれたのであります。そして神に向かって、わたしの神がどうしてわたしをお見捨てになるのですかと叫ぶ、神に見捨てられるという経験をお持ちになったのであります。本当にここには神はおられなかったのであります。十字架につけられた方だけがあった。人間はとっくにこの方を見離し、そこには人間の嘲笑が渦巻くばかりであった。そればかりでなく、神の呪いがあった(ガラテヤ3・13)。イエスはそれを甘受された。それはなぜか。ただひとつ、私どもが罪人だからであります。私どもの罪はこのようにしてしか、解決され得ぬものだったのであります。私どもはこのことを本当によく知っているでありましょうか。イエスをここに追いやるほどに、私ども自身が神なき荒野に住んでいたのだということがわかっているでありましょうか。イエスの十字架は、この意味で私どもにとってわかりきったものにはなりにくいのであります。それほどに私どもの罪は深いのであります」(加藤説教1 4頁140行目~158行目)。

(2)加藤説教2「死の中の死」

「主イエスは、なぜわたしをお見捨てになったか、とお問いになっている。見捨てたのは神であります。ここでは神が働いておられる。神がまことに激しい力で、ご自身の子イエスを突き放しておられる。その突き放しておられる神のみわざを主イエスは全身をもって受け止めておられる。そしてなぜわたしを見捨てるのかと、問い直しておられる。そこに主イエスの十字架の上における礼拝があるのであります。なぜそんなことをなさったのだろうか。なぜ主イエスは見捨てられたのだろうか。『まことの人』になられたからです。私どもと同じ人間になられたからです。そして私どもが神から捨てられてしまっているということを、もっとも深いところで受け止めておられるからであります」(加藤説教2 5頁186行目~193行目)。

(3)加藤説教3「深みに立つ神の子に生かされて」

「この日本基督教会は1890年に信仰の告白という、世界にあまり例を見ない簡潔な信仰の告白の言葉を作った。ご承知だと思いますが、その最初に『我等が神と崇むる、主耶蘇基督は』という言葉から始まる。一体そこで何を言っているのか。私達が神と崇めている主イエス・キリストが『真の人』となってくださって、そして何をしたか。我等、『人類のため』にーこれは古いニケア信条という信条にある言葉をそのまま受け継いでいる言葉ですがー、私達人類のためにー私達キリスト者というのではない、私達優れた者というのではないー、およそすべての人間のために十字架について死んで、贖いとなってくださったということを、まず言うのであります。このようにして、この百人隊長の言葉をなぞっているのです。『ああ、この人こそ神の子』。その神の子がなぜ、『わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか』と、叫んで死ななければならなかったかと言えば、それは私どもの死を死んでいてくださるからだということであります。

 これは分かり切っているようで、私どもが何度でも思い起こさなければならない、私どもが身にしみてはなかなか分からない、大きな出来事であります。あるいは、深い深い出来事と言わなければなりません。あそこに起こっているのは私どもの死。本当は私どもはあのように死ななければならなかったのです。つまり私どもに安楽な死などあるはずがなかったのです。具体的に十字架に釘づけられて死ぬということはないかもしれない。けれども、十字架における死、木に架けられて死ぬ者は呪われるということ、これが私どもすべての本来の定めであったのです。私どもはそのことに気づかない。キリスト者になっても気づかないかもしれない。それ程のものであった。それを主イエスが身に引き受けてくださる。あれは私達の死なのです。十字架の死は特別な死ではないのです。特別に呪われた死ではないのです。その意味でありふれた死、すべての人類が味わわなければならない死、それを主イエスが死んでくださった。神に捨てられたのです。主イエスの死の最も厳しいところは、そこにあると言っていいと思います」(加藤説教3 5頁192行目~6頁215行目)。

(4)加藤説教4「私たちを救う主の叫びを聴こう」

「カルヴァンはこの主イエスの十字架についてこれをどう理解したらいいかという事を、子どもたちにです、子どもたちにどう理解したらいいかということを、言葉一つひとつ丁寧に選びながら教えました。・・主イエス・キリストの神性、神としての性質、主イエスが、神であられるということがほんの一瞬だけ隠れた。言い換えると力を発揮しなかった。主イエスという方は、神の子です。だから、いろんな癒しもなさった。嵐の湖も静めておしまいになるような力をもっておられた。死に対しても力をもっていたことは明らかです。けれども、その力をいっさいこの時使わなかった。主イエスが、神の子であることが隠れちゃった。これはいいようによっては、ずいぶん鋭く、ある意味から申しますと、キリスト教会の教理に背くとさえ思われることを言われたんです。とても単純に言うと、主イエスは、この時、神であることを一瞬やめた。なぜか。本当の人間になりきるために。神性がちょっぴりでも残っていると、本当の人間になりきっていない。本当の人間になりきるために、神であられることをおやめになった。そのことを先ほど申しましたルターは、こういうふうに言った。『この世の中で、本当の意味で罪人として死んだのは、主イエスおひとりだ』。よく考えていただけるとありがたいと思う。教会にくると、『人間はみな罪人だ』ということを教わります。なかなか納得できない。それを考える時、我々は、しかし、神の子なんだから主イエスは罪人ではない。実際、新約聖書の中に、主イエスは、罪を犯されることは一度もなかったということをはっきりと言っています。だけれどもと言うか、それだからこそと言った方がいいかもしれません。主イエスだけが本当の罪人として死なれたんだ」(加藤説教4 4頁139行目~157行目)。

「一所懸命神の言葉を語りながら、自分を呪わなければならなかった預言者です。聖書ってのは不思議なものです。そんな敗北の絶望の預言者の言葉をこうやって残しているんです。なぜなんだろう。わたしはしかし、エレミヤの言葉を読んでいると、主イエスの十字架の叫びが重なって聴こえてくる。『わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか』。『あなたはわたしを捨てたじゃありませんか』、『だからこうして死ななければならない。なぜですか』。その意味では、十字架は神に向かってつきつけられた大きな問です。なぜ、神の子イエスが死ななければならないか。しかし、そこにはまた神の秘密がある。その主イエスが死なれることによって、初めて人間の罪の真相が明らかになった。人間の罪がどんなに深いものかということが明らかになった。俺は絶望したなんて気軽に言うことがあります。酒を飲んで紛らわすことがあるかもしれません。人間の絶望なんてものは、主イエスの絶望に比べると貧しいものです。だから、ルターは、自分がどんなに絶望しても、『その絶望において主イエスにかなわない』と言った。『主イエスにかなわない』と言った時に、ルターがそこで知っていることは、この主イエスを神がそのままではおいておかなかったということです。この百人隊長は、そういう意味ではまさに深い絶望の中にある、本当の神の子のお姿を見据えたと言っていいし、これはその人の洞察力がどれほど優れていたかというようなことよりも、この百人隊長のこころを神がお開きになったのだと思います。この百人隊長に見せるべき神の子イエスの本当のお姿を見せておられると思います。『御覧ここにわたしの子がいる。こんなに深く絶望している子。わたしの子だ』。百人隊長に神がその心を開いて、この信仰告白の言葉を差し入れてくださった。そういうことなのではないかと私はよく思う。そして、このユダヤ人でもない男を、主イエスの十字架が本当はなんであるかということを証明する証人としてお立てになった」(加藤説教4 6頁238行目~7頁257行目)。

 

4.加藤説教の十字架の神学に現れた魂への配慮

①加藤教師が度々引用するハンス・ショルの「ジャン・カルヴァン」で、このような言葉がある。

「1536年の『キリスト教綱要』から、1545年のジュネーヴ教会信仰問答を経て、1559年の『キリスト教綱要』に至るまで一貫しているのは、魂への配慮という視点からキリストの陰府降りを解釈するという、だんだんと広がりを見せていった姿勢である。そこで決定的であったのは、・・しかし、カルヴァンは、キリストの陰府降りを、『わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか』(マタイ27・46)という十字架上の言葉を手がかりに解釈する。キリストの陰府降りを、キリストが、絶望、良心の不安、絶対的な神からの隔たりの状況に踏み込まれたこととして解釈することによって、カルヴァンは、きわめて重要な、ひとつの伝統的な流れと共通のところに立つのである。魂が突き進み得る極限状況、それに対しては、死もなお甘美なものと思われないような極限状況のなかにこそ、人間性におけるキリストは突き進まれたのである。・・カルヴァンは、既に死において、というのではなく、その陰府降りにおいて初めて、キリスト論的な筋道が、その最も深いところに達するとされることによって、キリスト者がする魂への配慮に、その極限においても、たとえば、自殺防止その他の状況においても道を拓いて見せた。それが、信仰告白におけるこの地点から、魂への配慮が、そのわざのために不可欠とする希望を与えてくれるのである。『神から捨てられ、神から疎外されていることを知らざるを得ないということにまさって、恐るべき困窮の深淵はない。神を呼び続ける。しかし、それが聴かれることはない。-まるで自分が呪われて破滅せざるを得ないようにである!しかし、キリストは、まさにそのように突き放されておられるのであって、その迫り来る困窮から、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」と叫ばずにおられなかったのである』(『キリスト教綱要』Ⅱ・16・11)」(同上、272頁~274頁)。

 バルトはカルヴァンのこのような魂への配慮への視点を受け継ぎ、ジュネーヴ教会信仰問答の注釈をした。「われわれに代わって、キリストは、この(神からの完全な隔たりという)状況を担っていてくださる。この状況こそ、もともとわれわれの状況でなければならなかったはずなのである。われわれの人生の歩みもまた絶望を知っている。しかし、それはもはや完全な、あのただひとつの絶望、イエス・キリストおひとりが担いきってくださった絶望ではないのである。

 このようにキリストとわれわれ自身とを、はっきり区別することによって、われわれの苦悩が、どれほど厳しいものであろうと、それを劇的なものとすることをしないですむ。なぜならば、われわれが今知るのは、イエス・キリストが陰府の力を、それがどのように大きなものであろうと、既に打ち砕いてくださっていることだからである(『教会の信仰告白・カルヴァンの信仰問答による使徒信条解説』)」(同上、274頁)。

 カルヴァンは、主イエスの十字架の叫び「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」に、「キリストの陰府降り」を見た。そこから「魂への配慮」のパースペクティヴを展開する。それをバルトが継承し、何よりもトゥルンアイゼンが『牧会学―慰めの対話―』で継承し、加藤牧師もそのパースペクティヴを大切にされた。「説教はパラクレーシス、慰めの言葉であり、キリストのわざが正しく語られると共に、倫理を力強く勧める言葉でもある」(『説教―牧師と信徒のためにー』60頁)。

②このパースペクティヴが加藤説教1~4に、どのような言葉で語られているかを検討する。「神の名による言葉」です。

(1)加藤説教1「十字架の祈り」

「ヨハン・セバスチャン・バッハの『マタイ受難曲』では、このイエスの祈りが歌われたあとで、合唱が歌います。『わたしの心がどんなに不安におののくとも、あなたの不安と苦痛の力によって、わたしを不安の中から引き離してください』。イエス・キリストの不安、その苦痛は、私どもがどんなに深く、また恐ろしく死と罪に直面して不安になろうと、これを覆い、そこから私どもを引き出してしまう力を持つのであります。その力を歌うのであります。

 最初に述べましたように、ローマの教会の人々は、自分の教会員のお父さんの話であるシモンの話を、自分たちも十字架の出来事の中に巻き込まれた物語として、聞き、また語ったかもしれません。そしてまた多くのキリスト者は、ここに、あの、自分の十字架を負ってわたしに従って来なさいと言われた主イエスのご命令をあわせて聞いたでありましょう。私どももまたこの世に生きる限り、十字架を負うて生きるでありましょう。キリスト者であるが故に、小さな、しかし私どもにとって重い十字架に生きる。けれどもそれらすべてはこのイエス・キリストの十字架に負われている。それ故に、かろやかで、やわらかなキリストのくびきとしてにないうるものであることを感謝したいと思います」(加藤説教1 5頁172行目~185行目)。

(2)加藤説教2「死の中の死」

「まさにそこに(陰府)立って、しかし、主イエスは、『わが神、わが神』と呼び続けられるのであります。ここに神の子のなさり方の不思議さがあると私は思っております。ある人は、ここでこういう言葉を使っています。『この絶望の中にあっても、主イエスは遂に三人称で神を語ってはいない』。これはどういうことを意味するか。私ども牧師はしばしば人の嘆きを聞きます。手紙で長々と書いて来られる方の言葉を読み、あるいは電話で少なくとも30分、時には40分、1時間と語られる方の言葉に耳を傾けることがあります。私はその時に、この学者の言葉を思い浮かべるのです。そこで、私に嘆きを投げかけて来られる時に、神はどうしてわたしをこんな目に遭わせるのでしょうか、神はなぜこういうことをなさるのでしょうか、先生、説明してくださいという口調になります。神は三人称になる。私はそのような時にはっきり言うことがあります。牧師に訴えるよりも、あなたはそこで祈りなさい。電話を切る時に、さあこれからお祈りなさい、僕もあなたのために電話を切ってから祈るから、今すぐ祈りなさいね、と言って電話器を置くことがあります。祈ったら三人称ではないのです。そういう時に訴えられることがあります。祈れません、祈れなくなったから先生に声を掛けているのです、と。しかし、神よりも牧師の方がずっと便りないのです。最も大切なことは、神に祈れなくなったら牧師になぜかと説明を求めるようなことではなくて、肝心の神になぜこうなったのですかと祈ることなのです。祈れなくなったら自分を神に向けるのです。

 主イエスがしておられることはそのことです。神のなさりように絶望しながら、しかし、神に問い続けるのです。律法学者に説明したのではないし、説明を求めたのでもない。祈られるのであります。そこでも礼拝し続けるのです。そこにイエスが神の子であられることが鮮やかに溢れ出てまいります」(加藤説教2 7頁268行目~8頁288行目)。

「私どもの教会では、信仰を持った方が亡くなると、この正面に柩を縦に置きます。これも礼拝者の姿勢を死んでからも取るように考える教会の伝統によるものであります。はっきり言って、皆さんが今座ったままで、もしそのままばたんと倒れれば、やはり、その柩の中に納められる人と同じように礼拝堂の中央に向かったまま横たわる姿を取るのであります。ですからついでに言うと、私が死んだ場合に覚えておいていただきたいのですけれども、その時には足が皆さんの方を向いて頭がこちら側になるように柩を置くのです。いつもこのように皆さんに向かって説教している者が、このままだたんと倒れたら、皆さんとは逆の方向になるのです。柩の中でも説教者の姿勢を取るのであります。それは祈る者、礼拝する者の姿勢を首尾一貫して貫くときに、主イエスの十字架の祈りが私どもをもっとも深いところから支えてくださるという信仰を、言い表すと言ってもよいと思います。

 とてもさいわいなことは、妙な言い方かもしれませんけれども、私どもはどんなに絶望しても主イエスのように絶望することはもうないのです。なぜ神は、お見捨てになったのですか、わたしは独りぼっちですと思った。主イエスは実際にそうお思いになったでしょう。けれども私どもがそう思った時に、私どもは独りぼっちにはなりません。主イエスが、そこにおられるのです。そんなことがあっても変わらないことです。主イエスは、私どもよりももっと深いところで、罪人として神に捨てられた者の苦しみを味わっていてくださる。そしてあなたがたの誰ひとり例外なしに、わたしほどもう苦しまなくていいのだ、とおっしゃっていてくださるのであります」(加藤説教2 8頁308行目~9頁325行目)。

 

(3)加藤説教3「深みに立つ神の子に生かされて」

「『わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか』というこの主イエスのお言葉は、ひとつにはまっすぐ父なる神に向かう悩みの叫びです。本当に主イエスはお辛かったのです。どうしてこんな目に私は遭わなければならないのか、そのように神をお呼びになった。

 しかし同時に、この主イエスのお言葉の中に多くの人々は我々に対する招きの声を聞き取ったにちがいないのです。『神が呼んでいてくださる。私を呼んだらいい。私はあなた方の贖いとなった。もう神を喜んで安心して呼んだらいい。苦しかったら、それだけそこで呼んだらいい』、ということであります。

 私どもの教会にも色々な出来事があります。・・長い信仰の歴史を明治時代から作ってきたある家系があります。もう何代目かでありますけれども、現在の一家の主になっている人はまだ私より若い人で、しばらく長老までした人で、健康を害して、今、退いています。中学生の男の子がいたのです。三人の内の長男で、去年の夏、低気圧が近づいて鎌倉の沿岸も荒れてくるという時のこと、この少年がどこでどういうふうにしたか最後のところは分からない。波打ち際で死んだ姿で見つかった。途中まで足跡は辿れても、そこから先は分からない。警察に身元不明であげられている所に、もしかと思って電話をした家族がそれを確かめなければならない出来事が起こったのです。その子のおじいさんもその曾おじいさんも教会の長老であったのであります。教会員が本当に悩んだと言っていいと思います。どうしてそういうことが起ったのか。

 ところがです。その前夜の祈りの時にもそうでしたけれども、特に葬儀の時に我々は驚いた。父親が当然のこととして挨拶をしなければならない。『君、出来るか』って聞いたら、『やります』と言うのです。その葬儀の席の彼の挨拶は、私は葬儀のその時の近親の挨拶の中でその前にも後にも一回しか聞いたことがない言葉でした。集まっている我々に向かって話し始めているのですけれども、その挨拶の言葉がいつの間にか祈りになってしまっている。集まっている者に声をかけているつもりであるに違いないのだけれども、いつの間にか、『神さま、神さま』って言い始める。そしてただ自分の愛する子どもを突然失ったことを嘆くだけではなくて、最後の挨拶の祈りは『どうぞ神さま、このような不幸な体験はしないで済むように子どもたちを守ってください』と言うのです。この父親は、その後も悩み続けました。よく私の所に来たり、電話をかけてきたり、手紙をよこしたりして、『私はそんな立派な信仰をもっていない。そんな立派な信仰をもって神さまを信頼しているわけではない』と言いますけれども、イエスが共にいてくださったということ、教会学校にも、その亡くなる前の日曜日まで休まず通った子どもですけれども、その自分の子どもの短い歩みの中に、いつもイエスが共にいてくださったというのです。それは父親自身にとって、自分の子の悩み深い時、まさに悩み深ければ『わたしを呼んだらいい』という、神の言葉を今も聞くことが出来るという信仰の告白であるに違いない」(加藤説教3 8頁297行目~9頁332行目)。

(4)加藤説教4「私たちを救う主の叫びを聴こう」

「マルティン・ルターという人は、1516年、友だちのゲオルク・シュペンライという人に手紙を書きました。・・シュペンライが、色々苦しみの中にあったんです。絶望的な思いになっていたんですね。ルターは言うのです。『絶望しなさい。大胆に絶望しなさい。臆病じゃだめだ。思い切って絶望しなさい』。とても面白い言葉です。『絶望しきれ』って言うのです。その絶望の中に、主イエスがおられる。主イエスが一緒に絶望してくださる。その主イエスを信頼しなさい。大胆に絶望しなさいというドイツ語は、とても面白い言葉で、「慰められている絶望」とも訳される。そのことを示すように、ルターはそこでラテン語を書きました。ラテン語で何て書いたかというと「絶望において信頼に生きろ。絶望しきれ。自分自身においては完全に絶望してよろしい。自信なんか持つな、誰かをあてにするな。何かの力をあてにするな。絶望しろ。しかしそこで信頼に生きろ。その信頼は、ただ一筋イエス・キリストに向かう。君と同じ絶望の中で、もっと深く立ってくださっているイエスが、しかし、そこで神を呼んだ。『わが神、わが神』となお神を呼んだ。これは不思議なことです。神さまなんか知らんと言って、悪魔を呼んだんじゃない。『どうして捨てたんだ』と父なる神に取りすがるようにして呼んだ。大胆に絶望しなさい。絶望の中で、ただひたすらイエス・キリストを信頼しなさい。ほかに君の生きる道はない。ここだけに生きるのだ」(加藤説教4 8頁300行目~317行目)。

「さっき讃美歌を歌いました。讃美歌525番というのは、これはドイツ人が好きなものです。讃美歌の歌詞の左上に、ドイツ語の元の歌詞が最初に出てきますが、「Jesus,meine Freude」「イエスよ、私の喜び」という呼びかけの歌です。「わが喜び、イエスよ」。主イエスをいろんな仕方で呼ぶことがdきるでしょうけれど、ここではイエスを「わが喜び」と呼んでいる。そして、この歌詞が続きます4節のところですが、「去れ、悲しみ。わが喜び、主は来ます」。ずいぶん翻訳に苦労しているところですが、ドイツ語の元の詩は、『悲しみの霊よ、出て行け』。なぜか。『喜びのマイスター、喜びのマイスター・イエスが来られるから。お前は邪魔だ、出て行け』。『悲しみの霊よ出て行け。喜びのマイスター・イエスが来られる』。マイスターというのは親方とも訳せる。・・この讃美歌は、主イエスを喜びのマイスター。喜びの鋸巨匠。喜びのおっしょさんと言っている。おっしょさんです。真似をすればいいんです。イエスさまの。イエスさまの真似をすれば、私は喜びに生きるのだから。悲しみの霊よ、出て行け」(加藤説教4 8頁319行目~9頁336行目)。

 

5.おわりに

①主イエスの十字架上の叫び「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」を説き明かす加藤牧師の「十字架の神学」とは何かを探究してきた。そこには二つの重要なパースペクティヴが結びついていた。一つは、「キリストが神であられたからこそ、その恵みの自由によって、神であられることを隠してでも、徹底的に人間であろうとしてくださった」。カルヴァン、バルトの十字架の神学を受け継いでいた。もう一つは、神に見捨てられた十字架のイエスの叫びに、「キリストの陰府降り」を見、そこから「魂への配慮」を展開する。カルヴァン、バルト、トゥルンアイゼンの「魂への配慮」を受け継いでいた。その二つのパースペクティヴによって、十字架上の主イエスの叫びを説き明かすことが、今回の説教シンポジウムの主題である「日本伝道を切り拓く説教」に繋がると言えよう。