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改革長老教会協議会「季刊 教会」第100号発行記念礼拝説教  

2015年 10月  26日(月)  説教「真理の言葉を正しく伝える者となりなさい」井ノ川勝牧師
聖書:Uテモテ2章1419


   
井ノ川勝牧師
  

2015.10.26. 「真理の言葉を正しく伝える者となりなさい」

       Uテモテ2:14〜19

 

1.日本基督教団改革長老教会協議会が結成されたのは1985年4月29日、今年で30年になります。その歩みにおいて季刊『教会』が刊行されたのは1990年11月、今年で25年。そして遂に第100号が発行されました。季刊『教会』が刊行された当時、一体誰が第100号を発行できると予測できたでしょうか。歴代編集委員の方々のご努力と、執筆された多くの方々の協力と、そして何よりも、主なる神の摂理の御手による導きがありました。日本教会史においても、日本キリスト教出版史においても、一つの足跡を刻む雑誌となりました。

この機関誌の名称を『教会』とした。ここに私どもの祈りが込められています。創刊号の「巻末通信」で、何故『教会』としたのか。この名称に込められた祈りとは何かが、このように述べられています。

「季刊『教会』創刊号をお届けします。我々の立場と関心事がどこにあるかを最も端的に表わすものとしてこの名前が選ばれました。編集委員の気持ちとしては『教会』の前に、改革教会の標語ともなった『御言葉によってたえず改革される』をいつも付けて呼びたいのですが、あまりに長すぎると思われる方はQuarterly Kyokaiを略して通称QKと呼んで下さって結構です。この雑誌は、生きた信仰告白の一致と明確な教会理解を求める、一つの教会運動の中から生まれました。キリストの主権への喜びにみちた告白が、その身体として建てられた地上の教会の隅々にまで至るようにと願う、改革長老教会の伝統を、今教団の中にあって学び直し、更に新しい時代へと向けて展開するために、この雑誌が少しでもお役に立てればと願っています。古い教派主義に立ち戻ることを目指すのではなく、むしろ広い教会史的視野に立って、我々の受け継いできた信仰の遺産を公同教会の豊かさの一環として捉え直し、真の普公教会の形成に奉仕することを目標にしています。従って同じ伝統の中にある方々はもとより、そうでない方々にも是非読んで頂きたいというのが私たちの願いです」。

 私たちが受け継いでいる改革長老教会の伝統が、真の公同教会の形成に奉仕することを目標とし、その伝統を日本基督教団の中にあって学び直し、新しい時代へ向けて展開していくために、生きた信仰告白の一致と明確な教会理解を求めて私どもの運動は始まり、季刊『教会』は発行されました。季刊『教会』第100号発行記念に当たり、この志を新たにしたいと願います。

 

2.季刊『教会』第100号発行を記念するこの礼拝において特に心に留めたいことは、生きた信仰告白の一致と明確な教会理解を、日本基督教団にあって私どもは季刊『教会』を通して、文章として言葉としていかに言い表して行くかということです。「生きた信仰告白の一致と明確な教会理解」とは、申すまでもなく1985年4月29日、鎌倉雪ノ下教会の新会堂で行われた第1回全国協議会で採択された「基本線」と「申し合わせ」において言い表されています。

「基本信条(殊にニカイア・コンスタンティノポリス信条)が告白している信仰を規範とし、改革長老教会の伝統に立って日本基督教会が1890に制定した信仰の告白を失うべからざる信仰の遺産として継承し、日本基督教団信仰告白を承認して教会を形成する」。この「基本線」に立って、「各地に信仰告白の一致に基づく伝道協力組織を結成する」。

 この「生きた信仰告白と明確な教会理解」を文章として言葉として、いかに言い表して行くか。そこに私どもの使命があります。

 

3.伝道者パウロは私どもにこのように語りかけています。「あなたは、適格者と認められて神の前に立つ者、恥じるところのない働きて、真理の言葉を正しく伝える者となるように努めなさい」。伝道者として立てられたあなたは、何よりも適格者と認められ神の前に立つ者。改革者カルヴァンが何よりも重んじた「コーラム デオ」神の面前に立って生きる存在、それが私ども伝道者です。神の御前に立つ私ども伝道者が、ご復活のキリストから託された使命は、他の何ものでもない、「福音を語ることを恥としない」「真理の言葉を正しく伝える」、この一点に献身するということです。

 「真理の言葉を正しく伝える者となるように努めなさい」。この言葉と対比して語られているのが、このことです。「俗悪な無駄話を避けなさい。そのような話をする者はますます不信心になっていき、その言葉は悪いはれ物のように広がります」。ここで問われていることは、私ども伝道者が語る説教、伝道の言葉です。「俗悪な無駄話」とは、「身内だけに通じる新奇な言葉」という意味です。もしかしたら知らず知らずの内に、私どもも身内だけに通じる新奇な言葉を語っていないでしょうか。もしそうであるならば、より多くの人々に通じる言葉に言い換える必要があります。文言を変えて行くしなやかさと勇気と努力が必要です。

 私ども伝道者が語るべき言葉とは、身内だけに通じる新奇な言葉ではなく、「真理の言葉を正しく伝える者となるように努めなさい」と勧められています。この「正しく伝える」という言葉は、ギリシャ語で「オーソトメオー」という言葉で、「オーソドクシー」、すなわち「正統的な信仰」という言葉の基となりました。この言葉は新約聖書ではテモテへの手紙二のこの箇所だけに用いられています。70人訳ギリシャ語新約聖書では、箴言3章6節、11章5節の二箇所に用いられています。このような御言葉です。「常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば、主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる」。「無垢な人の慈善は、彼の道をまっすぐにする。神に逆らう者は、逆らいの罪によって倒される」。いずれも「道をまっすぐにする」という意味で用いられています。「真理を正しく伝える」。それは「真理をまっすぐに伝える」ことです。私どもの人間的な思い、打算を差し挟む余地がない程に、真理をまっすぐに伝えるのです。パウロは具体的に人間的な思い、打算を差し挟み、真理の道を踏み外した伝道者の名前を挙げています。伝道者が語る「俗悪な無駄話」がキリストの体である教会を悪いはれ物のように蔓延させてしまう。その責任は重大です。

 「真理をまっすぐに伝える」。パウロは「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち」と言って受け継がれて来た信仰、福音をまっすぐに伝えました。「すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後12人に現れたことです」。

 パウロがこのテモテへの手紙一、二、またテトスへの手紙、いわゆる牧会書簡において繰り返し語ってる言葉があります。「健全な言葉」「健全な教え」です。「真理の言葉」を言い換えたものです。歴史において受け継がれて伝えられた「健全な教え」、すなわち信仰告白の上に「健康なキリストの教会」は形成されるのです。神が据えられた堅固な基礎は揺るがないのです。教会の礎石には、このような言葉が刻まれています。神の選びの信仰の言葉です。「主は御自分の者たちを知っておられる」。「主の名を呼ぶ者は皆、不義から身を引くべきである」。

 

4.熊野義孝は『伝統』という論文の中で、このように述べています。

「この事実を神学的にいえば、正統教理(ドクトリナ・オルトドクサ)が公同教会の基礎を形造るということである。伝統は正統教理を継承するところにのみ形成される。そして正統教理は伝統形成的である。さらにこの事実を教会史的にいえば、ニカイ・カルケドンの線に沿うところの教理的信仰が公同教会の伝統であり、あるいは伝統的歴史的教会の基礎である。改革者たちもみずから彼らが清純な意味において正統主義者公同主義者(ホモ・カトリクス)であることを弁明し努力した。伝統教会であることを恥としなかったのである」。「歴史的教会の生命が活発な生長発展を成すためには、根本的伝統すなわち公同の信仰(フィデス・カトリカ)が絶対不可欠の要件であって、この土台を曖昧にする時は決して教会成立の基礎たり得ない」。

 季刊『教会』第100号発行を記念するこの礼拝において、私どもはこのような「生きた信仰と明確な教会理解」を日本基督教団にあって、季刊『教会』を通して、言葉で文章で明確に言い表して行きたいと願います。その志を新たにしたい。神はパウロを通して、日本に生きる私ども伝道者に語りかけておられます。

「あなたは、適格者と認められて神の前に立つ者、恥じるところのない働き手、真理の言葉を正しく伝える者となるように努めなさい。俗悪な無駄話を避けなさい」。

 

お祈りいたします。

「主よ、あなたはこの日本の国にも、健全な教えを伝え、健康なキリストの教会を建てるために、私どもを伝道者として選び、立てて下さいました。神の御前で、あなたから託された福音を日本人の魂に恥じることなく、大胆に語らせて下さい。真理の言葉をまっすぐに伝えさせて下さい。私どもが語る言葉が俗悪な無駄話に陥る誘惑から厳しく戒めて下さい。

 主なる神よ、あなたは日本の国に、健やかなキリストの教会を建てる使命に私どもを召し、そのために改革長老教会協議会へと参与させて下さいました。30年の歩みにおいて、多くの先輩伝道者、長老が、主の御許に召された者たちも多くいます、主から与えられた賜物を全てこの志のために身を注がれました。どうか私どももその志を新たにし、その使命のために存分に用いて下さい。私どもの運動の大切な働きである季刊『教会』を益々用いて下さい。それに携わる編集委員に力を与えて下さい。この祈り、私たちの主イエス・キリストの御名により、御前にお捧げいたします。アーメン」。