伝道師紹介

   矢澤 美佐子(やざわ みさこ)

       
1973年12月 大阪市阿倍野区で誕生
1996年12月 日本基督教団玉出教会で受洗(授洗者・小出望牧師)
1999年4月 東京神学大学入学
2005年3月 東京神学大学修士課程修了
2005年4月〜2006年3月
  横浜市・日本基督教団横浜指路教会伝道師
2006年〜2012年
  Grand Rapids, Michigan, U.S.Aに滞在
John Knox Presbyterian Church & Preschool Board Member
Grand Rapids, Battle Creek, Holland 日本人教会での伝道
2013年 茨城キリスト教学園、日本基督教団筑波学園教会などで説教奉仕
2014年 石川県金沢市に転居 北陸伝道圏での説教奉仕
2016年4月 日本基督教団金沢教会伝道師就任


   私は6歳の時、母を病気で亡くしました。私を産んだ後、寝たきりになった母がついに亡くなりました。私は母の死に直面し「人は何のために生きているのか。」ということを考えないわけにはいかなくなりました。しかし、幼い私には答えが出ません。考えれば考えるほど、生きて行くことが怖くなるだけでした。

私の父は厳格な仏教徒でした。私達は1日3回熱心にお経を唱えました。けれども「人は何故死ぬのか。何のために生きているのか。」ということの答えが見つかることはありませんでした。いつまでも、不安で恐ろしい闇のような問いが、私を苦しめ続けました。

さらにこういうことも知らされました。病弱だった母は私を出産する時、母の命がもたないかもしれないと、医者から出産を止められたというのです。しかし母は「私は死んでもいいから産みます。」と言って私を生んでくれたのです。母は自分の命を犠牲にして私を産んでくれました。私は周囲から、母の命と引きかえに与えられた命を、決して無駄にしてはいけないと言われました。私自身も、何か役に立つ人間にならなくては、自分が生きている意味はない。私は、自分の命の価値を周囲に認めてもらわなければという思いで生き、小学生の時から家事をし家族を助け続けました。

そして、ある時、私は、母のことをふと思い返しました。母は、キリスト者でした。「何故、母は自分の命を引きかえにしてまで、私を産むことができたのか。一体、母は何を信じ、何に向かって生き、何に向かって死んでいったのだろうか。」そんなことを思うようになりました。

そして、私は思い切って近くの教会へ行ってみました。私は、聖書も信仰も、何も知りませんでした。けれど、私を、闇のような問から救ってくれる何かがあるかもしれないという思いで、ひたすら教会に通いました。

そこで出会ったのが、宗教改革者ジャン・カルヴァンが記したジュネーブ教会信仰問答でした。この一番初めは「人生の主な目的は何ですか」と言う問いで始まります。それに対する答えは「神を知ることです。」この目的と言う言葉は「終わり」という意味です。この人生が目指すべき終わり、目的は何か。それは、神様を知ることだというのです。

私は、初めてこの言葉に触れた時、大きな衝撃を受けました。私達は、神様によって命が与えられ、神様によって命が取られ、神様のもとへ帰る。このことを知るのです。正しい人間、きよい人間にならなくては、神様に認めてもらえないのではない。生まれた時から自分自身が神様に愛されている神様の子である。神様に愛されているから、その愛に押し出され、正しく生きることができ、この世のために働くこともできる。この信仰に私は身震いがしました。

 やがて、私は、クリスマスに洗礼を受け、主イエス・キリストをのべ伝える伝道者としての新しい出発へと導かれました。

 依然として、この世を生きて行く私たちは、自分の思い通りに行かないことや、様々な問題に遭遇し、闇のような出来事に出会うかもしれません。けれど、すでに主イエス・キリストが、愛する私達をこの世の闇から救い、本当の命に生かしてくださるために、御自身の命を犠牲にし、十字架について死んで下さいました。私達の決断や計画の全てが打ち破られるような仕方で、愛する私達を闇から救ってくださいます。この光として世に来て下さった救い主イエス・キリストを信じるなら、私達は、安心してこの地上の命を生きることができます。そして、私達は、安心してこの世の命を終えることもできるのです。

どうぞ、真の光イエス・キリストに出会うために、教会にいらしてください。