神の愛に生きる教会〜絶えることのない慰めを共に受けましょう

電話でのお問い合わせは076-221-5396

〒920-0999 石川県金沢市柿木畠5番2号

豊橋中部教会での礼拝説教  

2015年 4月 19日(日)  説教「人の心はとらえ難く病んでいる」井ノ川勝牧師
聖書:エレミヤ書17914、ガラテヤ31314 


   
井ノ川勝牧師
  

2015.4.19. 「人の心はとらえ難く病んでいる」

エレミヤ書17:9〜14、ガラテヤ3:13〜14

 

1.@先日、ある方からお手紙をいただきました。教会の礼拝には一度も出席されたことのない方です。短い文章でしたが、今どんなに苦しんでいるか、悶えているかを訴えている。誰も私が抱えている苦しみを理解し、受け止めてくれない。耐え難い日々を送っている。そして手紙の最後は、こういう言葉で結ばれていました。私の人生に次から次へと不幸が訪れる。苦しみがのしかかる。私が何か悪いことをしたから、このような罰が当たったのですか。何か悪い行いをしたから、このように呪われているのですか。

 この手紙を書かれた方の苦しみは、この方だけの問題ではありません。私どもは誰もがこの方が抱えているような苦しみを負いながら生きているのではないでしょうか。次から次へと訪れる不幸、苦しみ。私の人生は呪われているのではないか、罰が当たっているのではないかと思わずにはおれない。私の苦しみを誰もが受け止めてくれない。それもまた苦しみです。二十の苦しみを背負って生きなければならない。それは大変厳しいことであり、辛いことです。

 

A先日、この方の手紙を読み、返事を書きながら思い起こしていた書物がありました。この書物を書いた著者自らも、心病みながら書き綴りました。誰の心の中にも蝕んでいる病がある。その病は治癒しないと死に至る。死に至る病。それはどんな病か。絶望だと言うのです。この著者がこの書物を書こうとする動機を日記の中で、こう綴っています。

「わたしの憂鬱、これにわたしはもっと接近し、それと取り組まなくてはならない。憂鬱はこれまでわたしの心の奥深くに休んでいた。しかし抑えられていわば眠っていた憂鬱が、再び頭をもたげてきたのである。この憂鬱はわたしだけにあるのではない。全ての人にある憂鬱。それにわたしは真正面から取り組まなければならない」。

 この著者が書き上げたこの書物の裏表紙に、一篇の詩が引用されています。祈りとも言えます。恐らく、著者はこの祈りを祈りながら、この書物を綴ったのではないでしょうか。こういう祈りです。

「主よ、無益なる事物に対しては我等の眼を霞ましめ、汝の凡ゆる真理に関しては我等の眼を隈なく澄ませ給え」。

 現代訳で言えばこうなります。

「主よ、なんの役にも立たぬ事物に対しては、われらにかすむ目を与え、あなたのあらゆる真理に対しては、これを見る澄みさえた目を与えたまえ」。

 私どもの人生に襲いかかる不幸、苦しみ。私どもの心を蝕む絶望、憂鬱という死に至る病。しかし、それと真正面から向き合いながら、不幸、苦しみ、絶望、憂鬱の中に隠されている真理が必ずある。その真理を隈なく見る澄んだ目を、主よ、与えて下さい。その祈りは、今、神の御前に立つ私どもの祈りでもあります。

 

2.@私どもの心を蝕む絶望、憂鬱という治癒しないで、放っていたら死に至る病。この死に至る病と真正面から向き合っていたのは、この著者だけではありません。既に紀元前600年の昔、預言者エレミヤも真正面から向き合っていたのです。

「人の心は何にもまして、とらえ難く病んでいる。誰がそれを知りえよう」。

この言葉を語った預言者エレミヤ自身も、心病んだ預言者でした。絶望と憂鬱の中で苦しみ悶えながら生きた預言者でした。預言者というのは、神から託された言葉を曲げることなく、真っ直ぐに伝えることを使命とします。エレミヤは神の言葉を曲げることなく、真っ直ぐに伝え、語ってきました。ところが、エレミヤが語った通りの出来事が現実には起こらない。ユダヤの人々はエレミヤが語る言葉を信用しなくなります。「あいつが語る言葉は偽りだ。あいつは偽りの預言者だ。あいつが語る言葉など、もう聞くのはよそう」。神の言葉を真っ直ぐに語れば語る程、人々から嘲られ、罵られる。エレミヤはすっかり心病んでしまい、神に向かって叫びました。

「主よ、私はあなたが託された言葉を曲げることなく、真っ直ぐに語って来ました。ところが、あなたの御言葉通りの出来事が何も起こらないではありませんか。お蔭で、私はユダヤの人々の笑い者です。もう誰も私が語る言葉に耳を傾ける者などいません。あいつが語る言葉は偽りだ。あいつは偽りの預言者だと嘲るのです。しかし、主よ、あなたは今日も、わたしの言葉を語らなさいと命じます。黙するな、語り続けよとお命じになられます。でも、主よ、私はもう疲れ果てました。私はもうこれ以上、御言葉を語り続けることはできません」。

 

A画家レンブラントが描いた作品に、『嘆きのエレミヤ』があります。暗い穴倉の中で、一人倒れ伏し、嘆いているエレミヤを描きました。疲れ果てた苦悩の老人として、エレミヤを描いています。恐らくレンブラントはエレミヤの姿に自らを重ね合わせたのではないでしょうか。レンブラントは放蕩に身を持ち崩し、暗い穴倉に突き落とされる経験をしています。お金がある時には皆が集まって来る、たかって来る。ところが放蕩に身を持ち崩し、一文無しになると、皆が去って行き、誰も手を差し伸べる者がいなくなる。レンブラントは主イエスが語られた放蕩息子の譬え話を好んで何枚も描いています。恐らくレンブラントは、放蕩に身を持ち崩し、ボロボロの衣服を身に纏い、父に迎え入れられる放蕩息子を、自らと重ね合わせたのではないでしょうか。そのレンブラントが暗い穴倉の中で、一人倒れ伏し、嘆いている疲れ果てた苦悩の老人としてエレミヤを描いている。誰も苦しみの中にあるエレミヤに手を差し伸べる者はいない。レンブラントはエレミヤと自らと重ね合わせながら、同時に、この絵を観ている私どもの姿でもあることを描きたかったのではないでしょうか。

 ある方がこのような書物を書いています。面白い題の書物です。『閉ざされた穴倉の底にうずくまり』。この書物は自らの悲しみと痛みの経験から生まれました。この著者は牧師であり、神学者でもありました。将来、伝道者になる神学生に、教会の牧会、教会員の魂への配慮について講義をしていた。特に自死を巡って講義をしていた。その同じ時間帯に、妻が鬱病のため自ら命を絶ってしまうという衝撃的な出来事が起こりました。余りの衝撃の深さに、自らも心の病に罹ってしまう。光が全く射し込まない閉ざされた暗い穴倉にうずくまるような経験を何十年も送らざるを得なくなります。閉ざされた暗い穴倉の底でうずくまりながら、重い心を、しかし、神に向けて嘆き、悶え、訴え、叫ぶ。そのような中から生まれたのがこの書物です。

 

3.@「人の心は何にもまして、とらえ難く病んでいる。誰がそれを知りえようか」。エレミヤの嘆きの言葉を、ある方はこう訳しました。

「人の心は、突っ張っているか、いじけているかどちらかだ」。

 面白い言葉です。でも、誰にも身に覚えのあることです。私どもが苦しみに直面した時、私どもは突っ張って生きるか、あるいは、いじけて生きるか、どちらかだ。説教の冒頭で紹介した『死に至る病』を書いた著者も、同じようなことを語っています。私ども人間は死に至る病の前で、絶望して尚も自分自身であろうと欲する強気に生きるか、さもなければ、是逃亡してもはや自分自身であろうと欲しない弱気に生きるか、いずれかだと言うのです。 私どもは死に至る病、絶望、憂鬱に捕えられてしまった時、強気に生きるか、弱気に生きるか、その二つの道しかないのでしょうか。あの祈りの言葉をもう一度、思い起こします。

「主よ、無益なる事物に対しては、我等の眼を霞ましめ、汝の凡ゆる真理に関しては、我等の眼を隈なく澄まし給え」。

 しかし、私どもはどうでしょうか。この祈りとは裏腹に、無益なる事物に対して我が眼を隈なく澄まし、真理に対しては我が眼を霞ませてしまうのです。ここで祈られている真理は、学者が追求する知識としての真理ではありません。私どもが真実に生きるための真理です。暗い閉ざされた穴倉にうずくまっても、深い苦しみの湖に沈み込んでも、絶望、憂鬱と直面しても、私どもを生かす真理です。聖書はその真理をこう語るのです。真理そのものが生きている。神は生きてここにおられる。生きて働かれる生ける神に、我が眼を隈なく澄まし給えと祈り続けるのです。

 

A豊橋中部教会には旭幼稚園があります。私は昨年の3月まで、三重県伊勢市、伊勢神宮外宮のすぐ前にあります山田教会の牧師、常盤幼稚園の園長を30年間していました。豊橋中部教会とは同じ中部教区に属し、また同じ改革派の信仰として交わってきました。また旭幼稚園とは同じキリスト教保育連盟の東海部会として交わりをしてきました。

 日本の幼児教育の父と呼ばれる方に、倉橋惣三がおります。日本で最初の幼稚園、御茶ノ水大学付属幼稚園の園長をされました。初めて幼児教育を行なうのですから、文部省から派遣されて欧米の幼稚園を視察しました。欧米の幼稚園はキリスト教保育を土台としている。倉橋惣三自身、内村鑑三の弟子であり、キリスト者でした。倉橋惣三の代表作に『育ての心』があります。幼児教育を植物としてなぞらえています。植物の生長にとって大切なことは、土の中に隠れた根っこの部分。幼児教育は将に、根っこの教育なのだと言うのです。とかく私どもは子どもの成長を見えることばかりに目が行く。しかし、大切なのは根っこなのだ。しかし、このことは幼児教育だけでなく、私どもの人生にも言えることです。聖書の信仰も将に、この点にあるのです。

 「人の心は何にもまして、とらえ難く病んでいる。誰がそれを知りえようか」。このエレミヤの嘆き、呻き、叫びの直前に、主なる神の言葉が語られています。やはり私どもを植物に譬えています。植物が瑞々しい青葉を生い茂らせるか、あるいは枯れ果ててしまうのか、そのいずれかしかない。「あれか、これか」です。瑞々しい青葉を生い茂らせるか、枯れ果てるか、その分かれ道、分かれ目は、やはり根っこです。根っこがどこに伸びているかです。土の上では同じ環境なのです。イスラエルの気候ですから、環境は大変厳しい。太陽の光が炎暑のように注がれ、強風が吹きすさび、雨が降らない、大地は乾ききっている。しかし、土の下にある根っこが水のほとりに向かって伸びているかいないかで、その植物の運命が決まる。

 

4.@先程紹介しました書物『閉ざされた穴倉の底にうずくまり』。何故、このような題名にしたのでしょうか。妻を自死で失い、自らも心病み、光が全く射し込まない閉ざされた穴倉の底にうずくまる。この著者は少年時代をスイスの農山村で過ごしました。スイスの農家には、光が全く射し込まない暗い穴倉の底から、しかし、じわっと地下水が滲み出て来る。それと同じように、乾ききった私どもの魂、暗い穴倉のような光が射し込まない私どもの魂に、じわっと生ける水が滲み込んで来る。その地下水こそ、エレミヤが語る「生ける水の源である主」です。生ける水の源である主、神に向かって根を伸ばすかどうか、そこに別れ道がある。

 「人の心は何にもまして、とらえ難く病んでいる。誰がそれを知りえようか」。誰も私の病んだ心、絶望と憂鬱に捕えられた私の病んだ心を知ろうとしない。お父さんも、お母さんも、学校の先生も、友人も、誰も私の心の部屋を覗くことは出来ない。エレミヤもそのような病んだ心に捕われた。しかし、閉ざされた暗い穴倉の底で、主なる神の声を聴いたのです。

「心を探り、そのはらわたを究めるのは、主なるわたしである」。

 主なる神は私どもに語りかけます。お父さんもお母さんも、先生も友人も、あなたのとらえ難く病んだ心を知らなくても、わたしだけは知っている。あなたの心を知り、あなたのはらわた、心の奥底にあるものをわたしは知り、わたしはそこに立つ。それ故、エレミヤは主なる神に応えるのです。

「主よ、あなたがいやしてくださるなら、わたしはいやされます。あなたが救ってくださるなら、わたしは救われます。あなたをこそ、わたしはたたえます」。

 

Aエレミヤにこのように語りかける神は、一体どこに立たれたのでしょうか。

 私が豊橋中部教会を訪ねるのは久しぶりです。私は今から30年前に神学校を卒業し、三重県伊勢市にある山田教会に伝道師として赴任しました。赴任した年に、豊橋中部教会で長老研修会があり、初めて来ました。また、牧師の学び会があって伺ったことがあります。ですから20数年ぶりに豊橋中部教会を訪れたことになります。今日も朝一番の電車で、金沢教会から豊橋中部教会に来ました。まず、目を注いだのは、十字架がどこにあるのかです。教会の屋根の上に、十字架が高く掲げられています。今朝、初めて教会の礼拝に出席された方もいらっしゃるでしょう。十字架が立っているところ、そこに教会がある。誰もがそのように思っています。しかし問題は十字架とは何かです。十字架を飾りとしてアクセサリーとして身に付けている方もいます。しかし、十字架は本来、死刑の道具です。死刑の中でも最も残酷な処刑でしょう。太い釘を手や足に打たれ、息が絶えるまで何時間も十字架にかけられ続ける。それだけで過酷です。しかし、肉体的に過酷だけではありません。

ユダヤ人にとって十字架は、神に呪われた刑、神から全く棄てられた刑です。神は十字架の上にはおられない。どんなに叫んでも、呻いても、神は手を伸ばしてくださらない。神の光が全く注がれない閉ざされた暗い穴倉の底。そこに真実の絶望がある。それが十字架です。しかし、その十字架に立たれたお方がいる。そのお方こそ、主イエスです。十字架に立たれた主イエス、しかも罪なき神の御子が十字架に立たれた。「わが神、わが神、何故、わたしをお見捨てになられたのですか」と叫びを上げられた。主イエスこそが神に呪われ、神から見捨てられることがどんなに深い絶望であるかを知っている。私どもが経験する絶望、いや私どもよりももっと深い絶望を、ただ一人十字架の上で身に負うてくださった。だから私どもがどんなに神から見捨てられ、神から呪われたように見える暗い穴倉の底に突き落とされようと、もはやそこに神がおられないのではない。神の御手が届かないのではない。神の耳は閉ざされているのではない。そこにも生ける神がおられる。主イエス・キリストがおられるところ、そこに生ける神がおられる。そこに生きて働いておられる。そこに祝福がある。悪いことをしたから罰が当たったんだ、神から呪われているんだ。そんなことは全くありません。それは人間が考え出した迷信です。そんな迷信から解き放たれて、苦しみの中にあっても、絶望を憂鬱を味わうことがあっても、主イエス・キリストがあなたの絶望を知り、あなたを支えて下さる。そこに神の祝福がある。

 

5.@私が神学生の頃、神学校に旧約聖書神学を教えに来られた牧師がいました。東京の仙川教会の大串元亮牧師でした。心筋梗塞で倒れ、心臓のバイパス手術をされました。その手術の経験を踏まえ、エレミヤ書の中心である31

章33節の御言葉をこう説き明かしています。主なる神は神に背いたユダの家を滅ぼさず、もう一度契約を結ぶと言われる。今度は石の板に神の言葉を記さない。石の板はいつでも粉々にすることが出来るから。新しい契約はあなた方の心に文字を記すと主なる神は言われる。大串元亮牧師は33節の言葉をこう訳しました。

「わたしは、わたしの律法を彼らのからだの中に置き、彼らの心臓の上に記す」。

 主なる神に背き、主なる神から離れ、自分の力だけで生きて行こうとしたユダヤの民は、命の源である神を失った。心臓は麻痺し、全身に血液を送れなくなり、呼吸困難に陥り、瀕死の病、死に至る病に倒れた。しかし、神が医者となり心臓の移植手術をしてくださった。主イエス・キリストの心臓、新しい心臓を私どもに移植してくださった。主イエス・キリストという新しい心臓から新しい命の血液が流れ出し、全身に送られ、新しい呼吸を始め、私どもは命拾いをした。この神の心臓移植手術こそ、主イエス・キリストの十字架の出来事、甦りの出来事であったのです。それが今、あなたにも起こるのです。

 

A冒頭で紹介した著者は『死に至る病』の続編を書きました。今度は死に至る病の癒しを書きました。その中で、真実の魂の医者イエス・キリストが私どもに語りかけられた御言葉に集中しています。

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。わたしはあなたがたを休ませてあげよう」。

 本日午後、阿部啓牧師の牧師就任式が行われます。豊橋中部教会もこの数年、心痛む歩みを送って来られました。しかし、阿部啓牧師をお迎えし、主の教会として新たな歩みを始めようとされています。私どもの魂の医者である十字架のキリストの下で形造られる主の教会は癒しの教会です。伝道者パウロの言葉で言えば、共に苦しみ、共に慰める教会です。

 先程紹介しました妻を自死を失い、自らも心病んだ牧師、神学者が聖書の御言葉により立ち直りました。「神が慰めてくださる!」という説教をラジオを通して語りました。その一節を朗読します。少し長い引用になりますが、私の祈りを注ぎながら朗読します。

「すべての苦難に潜む危険は、それが、いかなる逃れ道もないかと思わせるところにあります。すべての苦難の危険は、諦めにあります。諦めは、神が近くにいてくださることを曖昧にしてしまいます。そして悲しみの本質は、悲しむ者がいかなる将来をも、もはや持たないところにあります。悲しむ者には、ただ過去しかないのであります。しかし、今私どもは、教会として集まっています。『憐れみの父』が、私どもを慰めてくださるためです。苦難と悲しみのなかにあって、将来に至る道を、神が私どもに拓いてくださるためであります。

 キリスト者の群れである私どもが、これからなおいかなる苦難のなかに赴くことになるのか、私は知りません。私どものひとりひとりが、これからいかなる悲しみ、悩みに引きずり込まれるのか、それを私は知りません。しかし、私が知っていること、それは、『憐れみの父』が、まさにその悲しみ、悩みの中においてこそ、『私どもの父』となってくださるということであります。信徒の群れのいかなる苦難においても、『慰めの神』が、私どもの神であり、『あらゆる苦難に際して、わたしたちを慰めてくださる』であろうということであります。

 神は私どもの近くにあり、ご自身を私どもに知らしめてくださることによって、慰めてくださいます。ご自身の教会のなかにあって、教会を通じて慰めてくださいます。−私にとってのすばらしい経験は、妻の死に際して、この私を撃った出来事のなかで、自分はひとりではないということを感じ取ったということであります。私は、重い苦しみのなかで、神の慰めを体験しました。そこで、私はまたこう言うこともできます。牧師、また教授としての自分の生涯において、私どもが信じるイエス・キリストの教会が、ひとつの現実であり、ひとつの力であるということを、これほどに強く体験することは今までありませんでした。−ある方は、ひとつの詩編の言葉を自分が聞き取り、私を訪ね、それを更に私に伝えてくれました。ひとことの言葉であります。それが私を凍える思いから解き放ったのであります。多くの人々が書き、また語ってくださいました。私と人びとのために祈ってくださったことを。それが実際になされたことだということを、ほとんどからだで感じ取ることができました。神は、教会のなかで、教会を通じて、私を慰めてくださったのであります」。